第1章 『黎明』

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「50センチか。そりゃあ凄いね」 10センチの雪で大混乱する東京であったから、簡単に驚いて見せたが、本当のところは想像すらつかなかった。ただ、テレビのニュースで道路脇に高く積み上げられた雪の固まりを何度かは目にしていた。 「 じゃあ、尚也君、新年の挨拶回りは大変だったろう」 結婚して初めて迎える新年は尚也にとって忙しい筈。慰労の意味を込めて尚也に言葉を投げ掛ける。 「いやあ、ホント、大変でした。元旦から丸二日は電車は動かない、バスもダメ。そして、道路はどこも渋滞。それに都内のあちこちで停電が起きて……結局は殆ど電話で済ませました」 都内の電車や新幹線が普通の状態に戻ったのが5日前。尚也の苦労が手に取るように分かる。 「そうだったかぁ……それと今年はいよいよ美弥ちゃんの番だね」 美弥が郡山に来て10年以上が経つ。尚也も身を固めて落ち着き、残る心配の種は美弥だけであった。最近、卓司の母親も美弥の事を心配して何度か見合いの話を持って来てはいたが、理想が高く結婚までは漕ぎ着けないでいた。 「任せておいて下さい。今年こそは必ずや結婚して新婚旅行で宇宙に行きますから」 「えっ !?」 直ぐ様、驚く卓司。結婚は冗談でないにしても新婚旅行先が宇宙というのは全くの冗談にしか聞こえなかった。そして、言葉を失った卓司が出来る事は同じように驚いている尚也と顔を見合わせる事だけであった。 「あれっ、冗談だと思ってます? 所長、今の時代は誰でも簡単に宇宙に行けるんですよ」 「それって、もしかしたらスペースシャトルで大気圏外に出るっていう、あれ?」 以前、民間人でも10分くらいなら大気圏外を遊覧飛行出来るという話は聞いた事があった。 「そうです、それです」 「でも、あれって旅費がバカ高いだろう。それに飛行訓練も受けないといけないし」 「そうでもないですよ。旅費は一人3000万円くらいだし、飛行訓練も半日で十分……」 「さ、さ、3000万円 !?」 更に声を高くして驚く卓司。そして、そんな考えじゃ、今年も結婚はダメだろうなと思いながら諦め顔で茶を啜る。 「まあ、期待していて下さいよ。それよりも新年会ですけど、今日で良いですか」 「あっ、そうだったね。今日で構わないよ。別段予定もないし」 「分かりました。じゃあ、今日にしますね」 美弥は言うだけ言うと卓司のデスクから離れて自分の席へと戻って行った。
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