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「花水木ってとてもきれいだよね。花水木って英語だと、dogwoodって書くんだよ」
彼女はふふっと笑ってまた木の方に向き直る。その真意は?
「葉っぱは幹と枝に守られて、花を守っているの」
そう言っていた。
「誰が見なくても私が見る。誰がいなくても私がいる」
それが彼女の口癖だった。
森の中のいすの、いすに座る君の、まわりの木たち。りすが出てきそうな世界。切り取ったらおとぎの国だ。
でも君が続く、死への道ならやだよ。奥に入っていかないで、取り残さないで。すごくきれいな世界から、もっときれいな世界へ行こうって言うの?それは本当?
僕はいつも自問自答していることがたくさんある。
「愚直の反対は屈折かな。なんだろう」
「考えればいいよ。考えて探せばいい」
そうやって、別に僕に答えを強要してくることがない。現在にはきっぱりしてるけど、過去には優柔不断。彼女といると、いろいろ考えることが多くなる。
「寒いから、家に帰ろう」
彼女は今度は、僕の後ろを遅れて歩いてきた。まだ森にいたかったのだ。それでも僕は森に戻ることをせず、ずんずん歩いて家に着いた。
家に帰ると西日が射して、部屋に陽だまりを作った。あたたかな春の午後。僕たちは壁にもたれて少し休むと、そのままになっていた荷物をほどいた。ダンボール箱がいくつか積み重なっている中で、澪はキッチンと書かれたダンボール箱を開けた。
「櫂くんは朝はご飯?それともパン?」
澪はおたまやフライ返しをキッチンの壁掛けフックに引っ掛けながら言った。
「僕は毎朝パンだよ」
「本当?」
彼女は目を輝かせた。
「じゃあポップアップトースター買いに行かなきゃね」
「え?別に今のでいいよ」
僕は澪がダンボールから取り出したばかりの、前に引き戸のある箱型のオーブントースターを指さして言った。
「ポップアップトースターが夢だったの。食パンを入れて、チンって鳴ってトーストが飛び出してくるトースターが。それで、コーヒーメーカーでコーヒーを淹れてさ。フライパンでベーコンとかを焼いて、シャキシャキのレタスやトマトを切って、お皿に盛って……」
彼女は目を輝かせて語る。
「ふーん。憧れだったんだね」
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