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「おはよう、小谷」
……誰だ、こいつ。
サッカー部の朝練が終わり、チャイムが鳴るぎりぎり手前に滑り込むようにして、一年二組の自分の席に座った俺は、背後を振り返るなり思い切り顔をしかめた。
鼻筋の通ったすっきりとした顔立ちに、女の子みたいな綺麗な肌、すらっと高い背。
男なら誰もが憧れるようなルックスを持つこの男は、紛れもなく内海悠その人に違いないが、それでも信じられず両手で目を擦った。
「お前、内海……だよな?」
「何言うてん。他に誰がおんねん」
間違いない。最近晒し始めたこの関西弁。校内で内海以外に話す者はいないはずだ。
しかし、それならば一体この男に何があったというのだろう。こんな上機嫌な彼の姿は、入学して以来一度たりとも見たことがない。
内海は頬杖をつき、視線を窓の向こう側、グラウンドへ向けている。その横顔は、今にも鼻歌でも歌い出しそうなほど浮かれていた。
内海は爽やかそうな見た目に反して、可愛い女子が大好きなのだが、どんな可愛い子と話している時よりも今の方が幸せそうに見えた。
今まで俺にあいさつ、ましてや笑顔を向けることなんて、いっそ無かったくせに、開口一番笑顔であいさつだなんて、一体どうしてしまったんだ。
「何?」
じろじろと整ったその横顔を見つめていると、内海が視線だけをこちらに寄越して尋ねてきた。
「いや、その……お前、何かあった?」
「……別に?」
嘘だ。
一瞬にやけた口元を、俺は見逃さなかった。何だ。こいつに一体何があったんだ……。
「おい、小谷! ホームルーム中だぞ、前向け!」
「うわっ!? はい!」
担任の怒鳴り声に、慌てて前へ向き直る。しかし頭の中は、内海のにやけ顔の理由を考えるのに必死だ。
何だって急に、前触れもなくこんな上機嫌なんだ。ここ最近はむしろ沈んでいたくらいで――。
「ああっ!」
「小谷!」
思わず声を上げると、再び担任の怒鳴り声が響いたが、正直それどころではない。
勢いよく椅子を動かし、身体ごと後ろに向き直る。
「お前まさか、こないだ振られた子と付き合い始めたんじゃ……!?」
先週の金曜日、内海の機嫌があまりにも悪かったため、何があったのか聞いてみたところ、失恋したのだと言われた。誰かは知らないが、ものすごく可愛い子だと聞いている。その子と上手くいったのだとしたら、羨ましすぎる。
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