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「よう分かったな。せや、俺の彼女、紺野さやか先輩やで」
……ん?
内海の声に頷いていた頭がピタリと止まる。紺野……さやか? 先輩?
聞き慣れない名前に、戸惑いを隠しきれない。見ると内海の周りを囲む生徒のほとんどがそんな顔をしていた。
しかし木田さんだけは違う。
「嘘! 内海くん、前に聞いたとき、付き合ってないって言ったじゃない!」
机に両手をついて、内海に顔を寄せて言う。その悲痛な声、潤んだ瞳。普通の男子なら一瞬でノックアウト間違いなしだろう。
しかし内海は一ミリも動揺を見せず、いつもの完璧な笑顔で木田さんを見上げた。
「うん。あん時は付き合ってへんかってん」
……間違えた。『いつもの』完璧な笑顔ではない。これはいつも以上の、完璧すぎる笑顔だ。
木田さんは唇を噛んで、内海の席を離れていった。
「いやあ、内海! おめでとう!」
「お前に彼女ができて、俺たちは本当に嬉しいよ!」
女子のいなくなった内海の席では、男子たちが嬉しそうに騒ぎ始める。
そりゃあ嬉しいだろうよ。俺だって嬉しい。
内海はただでさえその見た目でモテるくせに、可愛い子にはうんと優しくするものだから、このままではうちの学校の可愛い女子はみんな内海を好きになってしまうのではないかと心配していたのだ。
「でも……紺野さやかって、あの紺野ひかるの姉だろ? 俺見たことあるけどさ……その、あんまりあの二人似てないよな」
ぽつりと呟くように言ったのは、内海の席を囲む男子の一人杉原で、俺はその言葉に目を瞬いた。
杉原は『似てない』としか言わなかったが、その言い方はさやか先輩という人を褒めているようには聞こえなかったからだ。
内海が惚れるくらいの女子だ。あの紺野ひかるの姉ということもあって、とんでもない美人に違いないと思っていたのだが。
「せやろ。紺野ひかるの数万倍は可愛いやろ」
「う、うーん……?」
杉原くんは、にこにこと上機嫌な内海の言葉に困惑したように頷く。
紺野さやか……どんな人なんだろ。
そういえば内海は運動ができるくせに、なぜか家庭科部とかいう地味な部活に入っている。俺たち一年が先輩と知り合う機会なんて、部活か委員会くらいしかないが、内海は委員会には入っていない。もしかしてその紺野さやかという人は、家庭科部の先輩なのだろうか。
腕を組み、眉を寄せて一人考え込む。
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