Or, Argent

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 手紙の内容はさして特別なものではなかった。 何か困ったことはないかだの、くれぐれも体を大切にだのという、いわゆる典型的な母親の言葉が羅列している。  思えば、母を残してこちらに来てからもう数ヵ月がたつ。彼女からは定期的に手紙は来るものの、僕からは最初の頃に何通か手紙を送ったきりで、返事も何も、すっかり頭から抜けていたのだった。  書き慣れていないだろうに。たどたどしいアルファベットで綴られた僕への宛名が、何だか無性に温かく感じられる。  幼い頃から変わらない母の優しさ。それに比べて、自分はなんて薄情になったのだろう。 先ほど思い出した記憶のせいか。それとも、まつ毛に残っている雨粒が目に落ちたのか。 懐かしい字がじんわりと滲んで、僕は今日、ずいぶんと感傷的になっていた。
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