第一章 はじまり

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 あれ、こんな店あったっけ?  そう思いながらふと学校へ向かう速度を緩めた。周りの木々がざわざわと風に揺れていて、大きくそびえる木がうっそうと枝葉を店の軒先までのばしている。  いつも歩いている田舎の道なのに、その店があるだけで見知らぬ道に見えた。  私が住む町は、山の上にある。都会から車で二時間もかかる小さなところ。どんな店があるかなんて、ほとんど把握している。だから、店頭にまでちょっとしたアンティークの家具を置いて飾っている店なんて覚えがなかった。ほとんど顔見知りばかりの小さな町のその鬱屈した空間に、なぜかその店はひどく似合っていて、同時にとても心ひかれた。  一時限くらいちょっと遅刻してのぞいてみようか、なんて思った時だった。  ずき、と頭のはじが痛んだ。  またいつもの偏頭痛だ。そう思って、店の軒先の端の方に体を寄せてやり過ごそうとした時、ふと鼻を清涼なにおいがすうっと抜けていった。  ああ、またあのにおい。偏頭痛が起こると、必ず爽やかな香りが一瞬鼻を抜けていく。それはどこかなじみのある香りで懐かしいのに、なんの香りかは思い出せない。痛みの傍らで、少し安らいでしまうような不思議な感覚だった。  そして、目をぎゅっと閉じて痛みに耐える。もう少しで見えてくるものがある。  ゆらりと香りに誘われるようにして通り過ぎて行く映像。走馬灯のように一瞬のことで、ただ分かっているのは、私がどこか懐かしい学校の図書室にいて、その視線の先に見知らぬ男の子がいること。高校生か大学生くらいで、私の視界の向こうで横を向いている。軽く窓際の書棚によりかかって、右手の本に視線を落としている。傾いた太陽の淡い橙の光が穏やかに図書室を包んで、彼の俯いた表情を隠している。  誰なの。声をかけようしたところで、ふっと映像が余韻すらなく消えてしまう。  いつもはそこで偏頭痛がおさまっていた。おさまれば、それはそれでまた問題が起きると分かっているのだけれど、それはどうしようもなかった。  でもこの日は違った。 「いった……。」  呻きながら店の壁に手をついた。痛みがひかない。脂汗が背筋をなぞるように落ちて行くのが分かった。
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