第5章

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 店に入ると店内は丈太郎が想像していたほど広くはなかった。洋子は壁際に平行してキチンとクロスがかかった5脚ほど並べられたテーブルの一番奥まった席に背を向けて座っていた。丈太郎が開けたドアの音に振り向いて、丈太郎の顔を見ると小さく手を振った。 「おつかれさま」  丈太郎が洋子の向かいに腰掛けると同時に洋子の顔が笑顔になった。 「そっちこそ、おつかれさま。仕事忙しかったんじゃない」 「私の仕事は年中かわらないの。ご心配なく。それより食べよ。お腹減ったでしょ」  そう言うとウェイターに軽く合図した。洋子はこの店の常連なのかウェイターが直ぐにやってきて二人分のメニューを持ってきた。どの料理も丈太郎にはチンプンカンプンでピンとこなかった。丈太郎がその事を洋子に正直に白状すると私に任せてと言わんばかりに幾つかの料理をテキパキと注文した。パスタを選ぶ時だけクリーム系かオイル系のどちらが好きと聞かれたが、それも洋子に任せた。そして最後に「飲むでしょ」と言ってウェイターにイタリア産の赤ワインを一本頼んだ。  洋子は食事をしている間中話し続けた。日々の自分の仕事やろくでもない上司のセクハラが鬱陶しいとか。最近は面白い映画が少ないとか。そして、丈太郎のやっているイベント屋の仕事についてしつこいぐらいに質問した。月穂と別れて以来同世代の女とじっくり話しするのは何年かぶりだった。赤ワインのアルコールも少し手伝ってか丈太郎も自然と訊かれるままに話した。久しぶりに食べたイタリアンもワインも旨かったし、洋子との会話も掛け値なしに楽しかった。  洋子はデザートにカンノーロとエスプレッソ、丈太郎はブレンドコーヒーを頼んだ。 「月穂の話しはしないのね」 「そうだね。君とこうして話しするのも。月穂がいたからだよな」 「・・・」 「今日のところは、お陰でこうして二人で旨い飯を食うことができたことを彼女に感謝することにしようよ」  丈太郎は本心とは反することを言ってしまっていた。しかもガラにも無いキザな言い方だった。自分自身に反吐が出そうだった。 「そうだね」  洋子は丈太郎の気持ちを察したふりをした。丈太郎は月穂との思い出話をするために洋子を呼び出した訳ではなかった。だが、月穂と無関係とは言えないことだった。丈太郎の目の前にコーヒーが運ばれて来た。 「でも、丈太郎さん私に訊きたいことがあるんじゃないの」
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