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九
丈太郎は、朝起きると久しぶりにレギュラーコーヒーを煎れた。いつもはインスタントコーヒーとトースト一枚で朝食は終わりだった。イベント屋旅団の仕事が朝からあれば、朝の儀式はそれだけで、それで現場まで出かけた。昨夜丈太郎は、猿田社長に頼んで一週間ほど仕事に出ないことの了解を得た。
今日から一週間、戸田の自殺の件の調査に集中するためだった。限られた時間の中で高効率で効果的な捜査しなければならなかった。そのために、朝から頭をすっきりとさせたかった。丈太郎にとって煎れたてのコーヒーの香りが頭を覚醒させる一番の薬だった。
ペーパーフィルターに入った引き立てのコーヒー豆に少し冷ましたお湯をポットから注ぎながら立つ香りで深呼吸した。
丈太郎は注いだお湯がドリップしていくのを眺めながら携帯電話を取り出し、ちょっと朝早いかと気兼ねしたが、一刻の猶予もないのだと自分に言い聞かせて、菅沼の番号を呼び出した。
菅沼は意外にも二度の呼び出し音で電話に出た。
丈太郎は菅沼に仕事の休みが一週間獲れたこととその休みの間に集中して捜査をすることを伝えた。そして、昨夜、高原洋子が山際と秘書課の澤田佐知子が会っていたという情報を丈太郎に伝えてきたことを報告した。
「どうやら、戸田の自殺の件が動き出したみたいだな」
菅沼も丈太郎も同じ思いだった。
「俺が突付いたのは、まだ山際だけですが、この件の当事者たちは敏感なのか神経質なのか一斉に動きだしそうな気配ですね」
丈太郎は一斉と言ったもののその動きだす範囲の予想はたっていなかった。
「今夜から田所を追ってみます」と菅沼に伝えた。
「気をつけろ」珍しく菅沼は本気で心配していた。
丈太郎の田所の尾行は初日見事に失敗した。下調べをしている暇が無かったと言えば言い訳になるが、田所はマイカー通勤だということをまったく想定していなかった。七時過ぎにスタッフ通用口から帰り仕度で出てきた田所がまっすぐ職員専用駐車場に向かうのを丈太郎は指をくわえて見ているしかなかった。
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