第10章

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十  山際は堰を切ったように喋り始めた。  山際に連絡してきたのは澤田佐知子の方だった。佐知子は秘書課の特権で人事データを閲覧することができた。そこから自殺した戸田とチームを組んでいたのが山際だと知った。  突然仕事帰りに会社のエントランスホールで声をかけられた山際は驚きはしたが、声の主がたまに社内で見かける秘書課の若い女子社員と知るとすぐに鼻の下を伸ばした。しかも、いきなり食事に誘われた。人生で女の子に食事に誘われることなど初めてだった山際は、疑いも警戒もなく年下の佐知子のリードするままに洒落たダイニングバーに連れて行かれた。 「戸田さんてどんな人だったの」  食事を始めていきなり佐知子は山際に聞いてきた。山際は良い人だったよとかMRとしての仕事ぶりは尊敬できる人だったとか、当たり障りのないことを佐知子にしゃべった。すると佐知子が予想外のことを言った。 「戸田さん、会社のお金、横領してたみたい」  山際は思わず口の中の物を噴きだしそうになった。 「誰がそんなこと言ってたの」 「私見たの。役員宛に出されてた戸田さんの遺書。それにそう書いてた」  佐知子はまるで他人事のようにあっけらかんと言った。山際は口の中の物を噛まずにゴクリと飲み込んだ。 「なんて書かれてたの」  山際はテーブルの上に身を乗り出してから、小声になった。 「んーとね、私もパッとみて何かヤバイ手紙って思ったからよくは見なかったんだけど」 「ん」 「会社の金を一億円使いました。死んでお詫びしますって感じかな」  このとき佐知子は、まだ山際のことを信用していなかった。自分が読んだ戸田の遺書の内容を全部伝える気はなかった。 「それで、その遺書どうなったの」 「専務に持ってったら、根も葉もない出たら目だって」 「専務って徳大寺専務?専務がそう言ったの」 「うん、そして趣味の悪いイタズラだって言って、シュレッダーしちゃった」  佐知子はそこまで喋ると話題を変えた。それは、同じ秘書課の同僚の悪口やしつこく言い寄る男子社員の話しだった。山際は上の空でその話しに相づちを打った。戸田と自分は同じチームで四六時中行動を共にしていた。いったい、どうやって1億円もの金を横領できたのか不思議だった。専務がいうとおり根も葉もない出たら目というのももっともだと思った。するとまた佐知子が変な事を言い出した。
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