第11章

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十一  何もかも上手くいっていた。  田所がT市の東和医科大学の附属病院へ移ると聞いて驚いたのは最初だけだった。 「ちょうどいいやないか」  最年少で九和会の若頭になっていた兄貴はこともなげに言った。 「でも兄貴、あいつ逃げる気やで。恩知らずもいいとこや」 「人間万事塞翁が馬や」  無学な兄貴が諺を使ったのは愉快だった。。 「その諺の意味解ってんのか」 「ああ、だいたいはな。心配すんな。俺にまかせろ」  兄貴は大笑いした。心配性の自分とは正反対だ。 「ここはもう田所が居らんでも大丈夫や。これも何かのきっかけや。チャンスや」  確かに地元の販路は完成していた。バイヤーの数も順調に確保できている。医者をバイヤーとして拡販するという戸田のビジネスモデルは兄貴の行動力で見事に花咲いていた。おまけにバイヤーになった医者には戸田の扱う正規の薬品も抱き合わせて売ることができた。それは兄貴の商売の隠れ蓑として立派に作用していた。表のビジネスも裏のビジネスも九州を制覇する勢いだった。 「お前もT市に行け」兄貴は唐突に言った。 「お前も田所について行け。いよいよT市に殴りこむぞ。九和会を全国レベルにするんじゃ。それにゃT市で商売するんが一番早い。もう事務所も小さいが立ち上げた」  兄貴は自分より遥か先を見ていた。 「お前の行き先ももう決めた」 「行き先?」  兄貴の行動力は本当に見上げたものだった。 「シンノーファーマに行け。向こうとは話しはつけた。まあ、お前ほどの実績がありゃ大栄転も別に不自然じゃない」  伊達でなった最年少若頭じゃなかった。いつの間にか兄貴はシンノーファーマへのコネも作っていた。 「田所にはもう一働きしてもらわんとな」  兄貴はそう言ってまた大笑いした。      何もかも上手くいっていた。 「解りました」  田所はあっさりと了解した。6年前、田所を追ってシンノーファーマに来たときは田所にT市で薬局を開業させるのに随分手を焼いたからだった。  田所が母親が亡くなったと同時にT市へと移り住んだ訳を戸田は知っていた。  田所が戸田と繋がりを持ったのはガン末期の母親への未認可薬投薬のためだった。田所にとっては母親を安楽に看取るための純粋な行為でそのための戸田との関り合いには違法行為をしているとう実感は全くといってなかった。薄い罪悪感すら感じていなかった。
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