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八
丈太郎は山際が去った後、洋子に山際と会えたこととその礼を言おうと携帯で電話を入れた。呼び出しが5回ほど鳴って留守番電話に変った。洋子の「ご用のある方はメッセージをどうぞ」の声が聞こえた。丈太郎はメッセージを残さなかった。
丈太郎は自分から電話をしときながら洋子の電話が留守番電話だったことに自分がほっとしてしまっていることが不思議だった。月穂と死に別れてから四年、人恋しいという感情をまるで無くしてしまったような生活に慣れきっている自分がいた。菅沼の言うところの枯れ木に水をやりつづけるような生活だったが、イベント屋旅団の仕事に充実感がまったく無いというわけでもなかった。
旅団の仕事をするようになってからは他のアルバイト帰りのときに感じていた空虚な感覚もあまりなかった。最近はアルバイトで知り合った仲間と飯を喰うことだってたまにはあった。だが、今日はさっきの電話に洋子本人が応答していたらこっちから誘って、会ってしまいそうな自分がいた。
丈太郎の携帯電話が鳴った。洋子からかと表示を見ると菅沼だった。少しがっかりしている自分がいることに丈太郎は苦笑いしながら電話を取った。
「よう、今いいか丈太郎ちゃん」
菅沼はもうアルコールが入ってるんじゃないかと思えるテンションだった。時間はまだ夕方の5時を過ぎたばかりだった。
「今から来れるか」
相変わらず自己中心的な男だった。
「どこにですか」
「白頭山って焼肉屋だ」
菅沼はそう言うと鏡山署に近い小さな繁華街にある冷麺が旨いと言っていた焼肉屋の場所を大雑把に丈太郎に伝えると電話を一方的に切った。
今日、シンノーファーマの山際に会ったことを報告したいとは思っていたが、丈太郎は電話済ます予定だった。仮に菅沼に頼んでいた田所医師の何らかの情報を聞けるのであれば会っても良いと思っていた。
丈太郎は菅沼に言われた焼肉屋白頭山に向かって歩き出した。ここから鏡山署の近辺までは電車を1本乗り継いで10分程度だったが、丈太郎は電車を使わなかった。時間は倍以上かかるが距離的には直線で行ける分近かった。それよりも菅沼に会う前に歩きながら少し考えをまとめたかった。
―山際と自殺した戸田は前日別行動をしていた。
―戸田は東和医科大学を単独で訪問していた。
―帰りの車の中で上機嫌だった。
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