第8章

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 戸田は東和医科大学で何らかの成果が得られたに違いない。それが仕事のことなのか。プライベートなことなのかはまだ分らなかった。  丈太郎が何よりも気になったのは山際の丈太郎がした最後の質問に対する返答だった。山際は丈太郎にハッキリと東和医科大学の田所を知らないと答えた。丈太郎は東和医科大学のがんセンターから付属病院に通じる廊下で言い争う二人を目撃していた。知らないはずはなかった。  山際が丈太郎の質問に対して仕事上の守秘義務でそう応えたとも考えられたが、丈太郎の質問を最初受けたときの山際の表情はあきらかに動揺が見て取れた。山際はなぜウソを丈太郎に言ったのか。ウソを言う必要があるとすればそれは何か。ますます田所という医者のこと知りたくなった。これから会う菅沼が真面目に調べてくれていれば良いがと思った。  歩いている丈太郎は背中に視線を感じた。それは、警務官時代に訓練を通じて身についた感覚だった。その感覚が研ぎ澄まされたのは四年前、月穂の事件の独自捜査をしてからだった。丈太郎は久々に背中に感じる違和感を確かめるように歩くスピードに緩急をつけた。たまにわざと歩道に出された雑貨屋のワゴンを立ち止まって眺めるふりをした。その間も丈太郎が背に感じる視線の強さは変らなかった。一定の距離を保って丈太郎を追っていることは間違いなかった。  丈太郎には視線の主を巻くこともブラフをかけて追跡者をあぶり出すこともたやすいことだった。だが、丈太郎は相手が単なる追跡者なのか、それ以外の行動に移るのかを確かめることにした。気付かないふりをして菅沼との待ち合わせ場所へ急いだ。  菅沼が指定した白頭山という焼肉屋には菅沼の大雑把な説明に反して迷うことなく順調にたどり着くことができた。席ははほぼ満席でうっすらと肉を焼く煙りが店中に漂っていた。丈太郎は一番奥の席でビールを飲みながらホルモンを焼いている菅沼を見つけた。菅沼はビール片手に「ようっ」とだけ言って丈太郎を手招きした。 「遅かったな。なんかあったか」 「歩きで来たもんで、遅くなりました」  菅沼がガラス格子の入り口ドアに目をやってからまた聞いた。 「なんかあったか」  菅沼は店員にコップを持ってこさせて丈太郎に一杯ビールを注いだ。 「尾行されました」  丈太郎は注がれたビールを一気に飲み干した。自分ののどが随分と渇いていたことに驚いた。 「だれに?」
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