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八本松町のタワーマンションのことは丈太郎も知っていた。ちょうど今から十年前、T市の大手不動産会社が八本松町全体を一度に再開発して、タワーヒルズという新しい街を造り上げた。そこの超高級マンションであるタワーマンションの住人になることはT市での成功者としてのステータスだった。金持ち連中が挙って集まってきた。マスコミもそれを紙面や番組で囃し立てていた憶えがあった。
「ずっと独身だったから小金貯めてたんじゃないですか。それかその亡くなった母親にがっぽり生命保険を掛けてたとか」
「そりゃないな」
「なぜですか」
「聞いて驚くな」
丈太郎は菅沼の芝居じみた言い回しにへきへきした。
「驚きませんよ」
「億ションの名義、シンノーファーマだ」
驚いた。顔に出たのだろう菅沼が丈太郎の反応を見て満足そうに笑った。丈太郎は心底驚いた。いままで別々に流れていた細い川が集まって本流へ流れつくような感覚に襲われた。丈太郎は正気に戻ると菅沼の情報の出所を聞いた。戸田がなぜ自殺したのかもまだ何も判っていないのだ。
「それって菅沼さんが調べたわけじゃないですよね」
菅沼は丈太郎のまだ驚いている様子を見てしたり顔をした。
「失礼なと言いたいところだが、俺じゃない。ある知り合いだ」
「ある知り合い?菅沼さん、世間一般でいう表の人ですかそのある人って」
菅沼は頭を掻いた。
「ばか、表に決まってるだろう。まあ、ある意味裏でもあるけど・・・」
菅沼は奥歯に物が挟まったような言い方をした。菅沼のいいかげんな情報に振り回されたくなかった丈太郎は念を押した。
「よかったらネタ元を教えてください」
菅沼は、底の方にほんの少しだけビールが残っているコップを持って飲むでもなく、珍しく難しい顔になって考え込んでいた。
「餅は餅屋だろ」
「・・・」
「お前、お医者様の管轄わかるだろ」
菅沼は謎賭けのように言ってきた。
「何言ってるんですか」丈太郎は最初菅沼が何を言いたいのか分からなかった。
「言えないんだな。お前が考えろ。医者の管轄はどこだ」
丈太郎は渋々答えた。
「厚生労働省・・。菅沼さん厚労省に知り合いがいるんですか」
菅沼は返事をしなかった。今日は菅沼に二度も驚かされた。
「だったらもう少し情報仕入れられるんじゃないですか」
丈太郎は気色ばんだ。
「俺も最初そう思ったよ。あいつも二つ返事で引き受けてくれたもの」
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