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あいつと言うのが菅沼の知り合いの厚労省の役人だろうと丈太郎は思った。あいつと呼べるぐらい近しい仲と予想できた。
「でもな、さっきお前に話したことを俺に教えてくれた後、あいつとぷっつり連絡がとれなくなったんだ」
「どうしたんでしょう」
「お前と会う前にもう少しネタを仕入れようと思って、さっきだめもとで連絡いれたらやっとあいつ出やがってこう言ったんだ。もうこの件について俺と話しはしないとさ」
丈太郎は菅沼の「この件」という言い方に引っかかった。
「もしかして、菅沼さんのお知り合いの厚生労働省の方は・・・」
菅沼はまた返事をしなかった。
「もしかしてマトリですか」
麻薬取締官は厚生労働省の地方支分部である地方厚生局に設置され麻薬取締部に所属し、刑事訴訟法に基づく特別司法警察員としての権限を持っているれっきとした厚生労働省の職員だった。丈太郎がかつて身を置いた自衛隊の警務官と似たような立場だ。自衛隊の警務官の場合は対象被疑者が自衛隊組織に属している者に限定されているのに対して、マトリは覚せい剤を始めとする薬物犯罪を限定して取り締まる組織だ。その捜査方法は熾烈で、警察官の捜査では認められていない危険なおとり捜査すら厚生労働大臣の許可のもとに可能である特別な独立組織だった。
ただし、捜査にあたっては警察に応援を要請する場合があり、共通する薬物事案で連携することもしばしばあった。おそらく菅沼は昔マトリのそいつと何かの事件で連携した捜査でもやって知り合ったのだろうと丈太郎は憶測した。菅沼のことだから貸しの一つも無理やり拵えたかも知れなかった。
「あいつはそれ以上何も言わずに一方的に電話を切りやがった」
菅沼はむっとした顔で残り少ないコップのビールを啜った。
「すると田所はマトリの何らかの捜査に関する関係人ってことですか」
「ああ、たぶんな。俺はいやもう俺たちだな。どうも不味い物を噛んじゃったみたいだな」
「・・・」
「どうする?」
「菅沼さんこそどうするんですか。元はと言えば菅沼さんが持ち込んだ話しですよ」
「戸田の自殺があいつらの案件に関係してるんだったら、あいつらがなんとかするだろう」
「関係してないとしたら」
「戸田の死は当初の調べのとおり自殺ということで終わりだ」
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