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丈太郎は猿田に一週間ほど旅団のバイトができないと告げた。丈太郎はアルバイトの身分で言えることではない、きっと猿田に嫌味の一つも言われる、もしかすると金輪際雇わないと言われることを覚悟していた。そんなネガティブな丈太郎の思いとは別に猿田は最初丈太郎が旅団とは別のイベント会社に移る気ではないかと心配した。正社員以上の仕事をこなす安価な労働力である丈太郎を経営者としては失いたくなかったのだろう。近い親戚の不幸事でどうしても実家に帰らなければならいと丈太郎が付いたウソを信じたのか安心した声で1週間休むことを了承した。丈太郎も戻ってきたらその穴埋めはすると約束した。
アパートへの帰り道は尾行に十分注意し念のため電車を三本乗り継いでその気配を覗った。しかし追跡者の気配はとうとうアパートへ到着するまでなかった。もしかすると尾行者は早々と丈太郎の面を割って既にねぐらも掴んだのかもしれない。おそらく尾行する必要が無くなったと判断するが正解だ。丈太郎は久々に全身に緊張感が漲った。
洋子に電話が繋がったのは、携帯電話の時刻表示が10時を30分を過ぎたところだった。洋子は丈太郎の電話に出られなかったことを謝りながら、携帯電話の電源を切った理由として今まで澤田佐知子を尾行していたと言って丈太郎を驚かせた。
丈太郎は洋子に澤田佐知子の立ち寄りそうなところを調べて欲しいと頼んだことを思い出した。そしてそれを後悔した。丈太郎は反射的に言葉を投げてしまっていた。
「そんなことして欲しいと頼んだ覚えは無い」
丈太郎の強い口調に洋子は言い返さなかったただ「ごめんなさい」とだけ言った。
その素直さが丈太郎には痛かった。洋子に協力を頼んだのは自分だったことは痛みを大きくした。
だが、電話の向こうの洋子は納得していなかった。その証拠に洋子は今夜澤田佐知子を尾行して得た成果を少し興奮気味に話そうとした。
丈太郎はその話しを遮って、今夜菅沼とあって話し合ったことをかいつまんで話した。もしかすると洋子に危険がおよぶ可能性があると正直に伝えた。ただし、自分が尾行されていたことは洋子が怖がるといけないので話さなかった。
「心配してくれてありがとう」
暫く間があった。さっき素直に謝ったことといい、こうしてすぐに感謝の言葉を口にするところは月穂にはなかったところだ。
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