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屋上に出ると、冷ややかな風が全身を通過していき、一瞬で体温を奪われた。
思わず服の襟を立て、身震いする。
「懐かしいなぁ。全然変わってない。あ、言い忘れてました。実は僕、この学校の卒業生なんですよ」
男は聞いても居ないのにカミングアウトしてきた。
「昔は屋上に出るのは禁止されてたんですよ。こんな立派な柵も無かったし。なんでも、かなり昔にここから飛び降りた生徒が居たらしくて、
かなり大きな事件になったみたいなんですよ。まぁ、そうはいってもみんなこっそりと来てたんですけどね。いやぁ本当に懐かしいなぁ」
「用件というのは?」
「っと、そうでした。これは失礼」
一人で感慨にふけっている男に問いかけると、彼はポリポリと頭をかき、ポケットから取り出した名刺を差し出してきた。
名刺には『警視庁公安部公安特務課 霧咲淳平』と記されている。
「公安って……あの公安ですか?」
「ええ、あの公安です。でも公安って一言に言っても色々あるんですよ。普通は世間様にも存在は秘密なんですけどね、僕の場合は少し違ってまして、ある特殊なケースにのみ捜査を進める、まあ刑事のまねごとみたいなことをやっています。まあ、一応特務課なんで」
「まねごと、ですか」
「なぁんて、いかにもかっこよさそうなこと言ってますけど、僕自身は単なる捜査官なんですよ。それに公安って大変なんです。あまり大きな声では名乗れないんで、大抵はさっきのように写真付き身分証を見せるしかないんです。市民に協力してもらえないこともしばしばですし、捜査内容も他に漏らせないから、所轄の刑事さんとも仲良くなれないんですよ」
聞いてもいないことまでベラベラと、よくしゃべる男だった。
ため息をついたり、わざとらしく肩を落としたり、表情豊かな彼の話を聞いていると、つい警戒を解いてしまいそうな、不思議な親近感を感じさせる。
思わず、相手のペースに乗せられまいと、暁彦は心中で一度深呼吸をしてから、改めて男――霧咲淳平に用件を尋ねる。
「それで、私にご用件というのは?」
「そうそう、実はですね、以前この学校で起きた二件の殺人事件、ご存じですよね?」
またしても、暁彦は心臓が大きく脈打つの感じて、吸い込んだ息を慎重に吐き出した。
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