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「ええ、一応は」
「その犯人について調べを進めていましてね」
「しかし、あれは解決したはずでは?」
「そうなんですけど、新たな事実が浮かび上がってきたんです」
「新たな事実……?」
霧咲は暁彦がわずかに反応したのを知ってか知らずか、顔をまじまじとのぞき込んできてはにっと笑みを浮かべた。
「その顔は、興味があるって顔ですね」
「いや、別にそういうわけじゃありません」
相手に気取られぬよう無関心を装う。霧咲はふっと力を抜くように息をつき、続ける。
「それにしてもおかしな事件でしたよねぇ。調書を読んでもまるで合点がいかない。それどころか説明が付かないことばかりです。
ストーカーをしていたのはわかりますが、どうやって現場から逃げたんでしょう。あれじゃあまるで透明人間だ。磯田先生を殺害した時だって、目撃者の証言を聞くかぎりじゃ、姿は見えなかったとありますし。
姿を見られることなく人を殺せるなんて、この犯人はひょっとすると、超能力者だったのかななんて思いましたよ」
「……まさか」
冗談めかした口調で言った霧咲は更に続ける。
「それに、姿を見せないで人を殺していたこの犯人が、どうして逮捕されちゃったんでしょう。しかもこの犯人、発見時には既に精神に大きな障害を抱えていました。
僕も様子を見に行ってみたんですが、一日中壁に向かって会話しているだけで、人とコミュニケーションはとれなくなっていたんですよ。
生前の彼を知る人に話を聞くと、そんな障害を抱えていたという事実はないですし、不思議ですよねぇ」
「そうでしょうか。犯罪者の心理など私には……」
「まるで、誰かに『精神を破壊された』みたいですよねぇ」
濁そうとする暁彦の言葉に重ねるように、大きめの口調で、霧咲が言う。
暁彦は思わず、二の句を飲み込んだ。
――この男、バカなのか、それとも……。
正直なところ、判断が付かなかった。
思いつくままに冗談を言っているようにしか見えないが、だとしてもそれを暁彦に聞かせてどうするつもりなのだろうか。
「まあとにかく、わからないことは一旦置いておいて、新事実というのはですね、実はこの犯人、ある人物と密接に関わっていた疑いがあるんです。僕が調べているのはその『ある人物』のことなんですよ」
やけに引っかかる言い回しだった。
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