プロローグ・雨の祝福

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 どんな競走馬も、きっと祝福されて生まれてくる。これからいくつも大きなレースを勝つかもしれない。あと少しのところで名馬になり損ねるかもしれない。あるいは、一つの勝利も挙げられないままターフを去ることになるかもしれない。しかし、それでも。  それでも、この瞬間にはきっと、どの馬も平等に、最大限の祝福を受けているのだ。少なくともここ、赤松牧場では、そうだ。  これからこの子は、どんな道を歩むのだろう。赤松牧場そのものともいえる、この子は。  芽衣子がそんなことを考えながら、そろそろ手を貸そうかと思い一歩前に出ると、英輝の体が大きく動いてしりもちをついた。同時、ランコから新しいいのちがこぼれ落ちる。  美しい、馬だった。  羊水で濡れて、てらてらと輝くその体は暗い黄褐色。美しい、尾花栗毛。後脚だけ靴下を履いたように、白い。  生まれたばかりの幼駒が、かすかに震えながら立ち上がる。自分の脚でしっかりと地面を踏みしめて立った瞬間に、生命として確定するような、そんな気がする。  蛍光灯の冷たい光に照らされて、濡れた馬体がより一層輝いた。雨のあとに見える晴れ間のような美しさに、芽衣子は思わず息をのんだ。  いつしか、強かった風は止んでいた。  叩きつけるようだった雨は、命を祝福するようにやさしく降っていた。  三月の終わり、やさしい雨が降る中で生まれた彼女が『ジウ』と呼ばれるのは、もう少しだけ先の話。
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