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すでに新しい風に靡いてしまったはずの木々が、しかしたった一本だけ強い風に負けずに屹立しているような、そんな映像を要は幻視した。
「そして、その子供も同じく骨董品だ。かつて、アメリカの風が吹くより以前から、日本に連綿と続いてきた胄の結晶。それが彼女だ」
「女の子なんですね、今日来るの」
そんな要の言葉に、言わなかったか? と京極がわずかに首をかしげるのに、要はうなずきを返した。そして、でも、と続ける。
「でも、その――赤松さん、でしたっけ――はどうして、そんな馬を生産したんでしょう?」
「アメリカの風と戦うためさ」
京極は短く答え、カップから立ち上る湯気を吹いて散らした。
「戦う?」
「流行の血統が陰りを見せたとき、次いで台頭してくるのはいつだって連綿と続いてきた血脈だ。歴史がそれを証明している」
京極の言葉はもっともだった。加えて、昨年末にシンガイエスタデイフォーユーが急死した。この二十年ほど吹き荒れていたアメリカの風が止まるとしたら、今だろう。
「もっとも、それが今なのかどうか、俺にはわからんけどな」
そんな言葉とともにだはは、と笑う京極。彼がどこまで本気なのかはわからなかったが、そういう馬が自分の身近なところに現れたら、それはとても幸せなことなのだろう、と要は思った。
それからほどなくして、エンジン音がかすかに聞こえた。おそらくは馬運車だろう。
「来ましたかね?」
要が訊くのに多分な、と答えて、京極はカップを適当な場所に置いた。そうして外に出ていく京極について、要も外に出る。
外は相変わらず薄暗かった。鉛色の雲が全天を覆っていて、霧のように細かい雨が降っていた。入梅にはまだだいぶん早いが、空気はすでに梅雨のそれだった。
周囲を煙らせている雨の壁の向こうに、白い馬運車が姿を見せた。降る、というよりは漂う、と表現したほうが正確に思える雨を割るようにして、要たちの前までやってくる。
「京極先生は今日来る子にはもう会ったんですか?」
隣に立つ京極に質問すると、まあな、と短い返事があった。
「預託の依頼があったときに早来まで会いに行ったが、いい馬だぞ」
「名前はなんていうんです?」
そんな、要の質問が合図だったかのように、馬運車が口を開いた。暗がりからまず厩務員が現れて、そのうしろにぼんやりと、大きな影が見える。
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