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毛色の明るい馬だ、とうっすらと見えてきた姿を見ながら、要は思った。少なくとも黒鹿毛や青毛のような、闇にまぎれてしまう毛色ではなさそうだ。
心臓が高鳴る。新しい馬と出会うたびに、新学期に新しいクラスに初めて入るような高鳴りがやってくる。これまでずっとそうだったし、きっとこれからも、そうなのだろう。何百勝もする名手でも、一勝するのにも苦労する駆け出しでも、それはきっと誰にも等しくある瞬間だ。恋するのにも似た、この感覚は。
暗がりからゆっくりと現れたのは、黄褐色の美しい馬だった。栗毛よりもやや暗いその色は、尾花栗毛と呼ばれる珍しい毛色で、要はその毛色を持つ馬を目の当たりにするのは初めてだった。
少しくすんだような色の中でひときわ目立つのは、後ろ脚の白徴だった。まるで靴下を履いているようにも見えるそれは、要に育ちのいい女の子を連想させた。
その馬は、タラップの頂上で一度立ち止まると、少しうっとうしそうに一度、身震いをした。スプレーで噴霧されたような雨を、嫌がったのかもしれない。
ゆっくりと、『彼女』がタラップを降りてくる。かん、かんと蹄がタラップを叩く音が響いて、『彼女』が少しずつ近づいてくる。
そのとき要は、不思議な感動に包まれていた。
穏やかな瞳。優雅な所作。雰囲気としか形容できないなにかが、『彼女』の全身からにじみ出ていた。栗東には数多くのGⅠ馬が在籍していて、要もそれを見かけることは幾度となくあった。しかし、ただ強いだけではないなにかを感じたことは、これまでになかった。
アメリカの風に敢然と立ち向かう、古き胄。
要はその気高さに、心奪われていた。
「カナ」京極の呼びかけで、要は我に返る。「いい馬だろ?」
土下座しても預かりたくなる馬っていうのは、きっとこういう馬なんだろうな、という京極の言葉に、要はただうなずくだけで返した。
「それで先生、『彼女』の名前はなんですか?」
自分の話をしているとわかったのか、『彼女』は要の言葉に立ち止まって、こちらに注意を向けてきた。純粋な瞳にまっすぐに見つめられて、要は背筋がぴんとなるような気持ちになった。
「ジウ、っていうんだ」
そんな、京極の答えを聞きながら要は、『彼女』――ジウに自分が乗ることができたら、どんなにいいだろうと思っていた。
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