1・雨を連れてきた馬

5/7
前へ
/11ページ
次へ
 毛色の明るい馬だ、とうっすらと見えてきた姿を見ながら、要は思った。少なくとも黒鹿毛や青毛のような、闇にまぎれてしまう毛色ではなさそうだ。  心臓が高鳴る。新しい馬と出会うたびに、新学期に新しいクラスに初めて入るような高鳴りがやってくる。これまでずっとそうだったし、きっとこれからも、そうなのだろう。何百勝もする名手でも、一勝するのにも苦労する駆け出しでも、それはきっと誰にも等しくある瞬間だ。恋するのにも似た、この感覚は。  暗がりからゆっくりと現れたのは、黄褐色の美しい馬だった。栗毛よりもやや暗いその色は、尾花栗毛と呼ばれる珍しい毛色で、要はその毛色を持つ馬を目の当たりにするのは初めてだった。  少しくすんだような色の中でひときわ目立つのは、後ろ脚の白徴だった。まるで靴下を履いているようにも見えるそれは、要に育ちのいい女の子を連想させた。  その馬は、タラップの頂上で一度立ち止まると、少しうっとうしそうに一度、身震いをした。スプレーで噴霧されたような雨を、嫌がったのかもしれない。  ゆっくりと、『彼女』がタラップを降りてくる。かん、かんと蹄がタラップを叩く音が響いて、『彼女』が少しずつ近づいてくる。  そのとき要は、不思議な感動に包まれていた。  穏やかな瞳。優雅な所作。雰囲気としか形容できないなにかが、『彼女』の全身からにじみ出ていた。栗東には数多くのGⅠ馬が在籍していて、要もそれを見かけることは幾度となくあった。しかし、ただ強いだけではないなにかを感じたことは、これまでになかった。  アメリカの風に敢然と立ち向かう、古き胄。  要はその気高さに、心奪われていた。 「カナ」京極の呼びかけで、要は我に返る。「いい馬だろ?」  土下座しても預かりたくなる馬っていうのは、きっとこういう馬なんだろうな、という京極の言葉に、要はただうなずくだけで返した。 「それで先生、『彼女』の名前はなんですか?」  自分の話をしているとわかったのか、『彼女』は要の言葉に立ち止まって、こちらに注意を向けてきた。純粋な瞳にまっすぐに見つめられて、要は背筋がぴんとなるような気持ちになった。 「ジウ、っていうんだ」  そんな、京極の答えを聞きながら要は、『彼女』――ジウに自分が乗ることができたら、どんなにいいだろうと思っていた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加