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「ちなみに天使名はリハエルだったんだ。そこからもじってリハルト。単純だろう」
「……そうですね」
頷きはしましたが、それで全てを納得したわけではありません。
思えば、彼の立ち振る舞いや外見は、それだけで記憶に残るくらい卒なく優雅で印象的な部分がありました。
でも、そんな存在が、まさかこの地上でのんびり喫茶店なんかやっているとは夢にも思わないでしょう。
だってそれくらい天使はレアなんです。この世界には、たしかにいろんな種族が溢れていますけど、天使や悪魔、神様と呼ばれる方々にはさすがにそうそう出会えるものじゃありません。
なぜって、昔もいまも、とにかく彼らは私たちとは一線を画すような存在だからです。
言うなれば、王族と平民みたいなものでしょうか。……ちょっと違うかな。
「じゃあ、今日は久々に上に行って来たってところですか?」
「ああ。妹の結婚祝いに仕方なく」
「へぇ、それはおめでたいですね」
正直、胸はまだどきどきしてましたけど、なんとかそれにふたをして、私はにこりと微笑み返しました。何でもないみたいに微笑みながら、目の前で風に波打つ他のシーツに手を伸ばします。
実を言うと、彼に妹がいたと言うことも初耳だったのですが、それはもう突っ込まないことにします。
「いい天気だな」
「ええ、本当に」
私は改めて空を見上げました。
本当に、これ以上ないくらいの洗濯日和です。
雨の予報はなかったし、からっと晴れた空に乾いた風は心地いいし――。
そんな日に、園の庭を真っ白いシーツで埋め尽くす。それが日ごろから私のささやかな楽しみでもありました。
「手伝おうか」
「助かります」
言うが早いか、彼は私が抱えていたシーツを横からするりと取り上げました。ぽかぽか太陽のいい匂いが、余韻として私を包み込みます。幸せです。
「お礼に、またコーヒーを飲みに伺いますね」
「ああ、楽しみにしてる」
いまは見えない翼の間で、腰まで伸びた、リハルトの柔らかな金色の髪がたゆたうように揺れていました。
「いい風ですね」
私は、最後のシーツに手をかけました。
真っ白いキャンパスのようなそれは、名残惜しそうにぎりぎりまでゆらゆらとはためいていました。
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