第1章

10/12
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
『これで懲戒免職は確実だな』 『どうせ死ぬからいいじゃん』 『溝口、死ってなんだろうな?』 その時、私は先生の弱々しい声を初めて聞いた。 『俺の彼女は、俺に黙ってデリヘルで働いてた』 『………』 『駅裏のデリバリーヘルスで、名前はチョコって名前。チョコが好きだったからかな。俺はさ彼女が普通のOLだと思ってたんだ』 『どうして、彼女が風俗嬢だって知ったの?』 そう聞くと先生は私から目を逸らし、ピンク色の石鹸を手にとって湯船に沈めた。次第にぷくぷくと浮かんでくる泡が先生を包んでいく。 『ある日病院から電話がきた。彼女は瀕死の状態だった。ラブホテルで客にボコボコに殴られて、湯船に浮かんでたんだと』 そう言った瞬間、湯船にピンク色の石鹸が浮かび上がる。 『次の日、彼女は死んだよ。俺に何の説明もなくさ。OLで金に困ってないのに、なんで風俗嬢なんかしてたのか未だに分からないんだ。もう答えてくれる彼女は居ないからね』 『…………』 『それでも俺は普通の顔をして学校に行ったよ。普通の顔をしてお前らに国語を教えた。そうすると全部が夢なんじゃないかって思った。だって余りにも生活と出来事にギャップがありすぎたんだ』 及川先生は私に手を伸ばした。ゆっくり首に触れる大きな手が震えているのが分かる。 『溝口、お前には彼女の気持ちが分かるんじゃないかと思った。簡単に俺の金を握ったお前なら、分かるんじゃないかと思った。でも、違うよな…』 『先生……』 『お前は彼女と違う。まだ、生きてるんだもんな……』
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!