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『どこに行くの?』
『少しドライブでもしよう』
『ドライブ?』
『横浜まで行こうか』
そう言った彼の横顔は少し歪んでいた。
自分で行こうって言ったくせに、何でそんな顔するの?
私は無音の車内に耐えられなくってスマホから適当に音楽を流した。選曲に特に意味はない。今の私には歌詞の意味なんて頭には入らないし、音楽も雑音レベルに聞こえた。
及川先生は煙草を取り出すと、口に咥えて火を付けた。
白く濁った煙が少し開いた窓からゆっくりと流れ出ていく。
『溝口はさ、彼氏とかいないの?』
『いない』
『意外だな。お前、リア充グループかと思ってたよ』
『死にたいのに彼氏とかいらないでしょ。先生は?』
そう聞くと彼は振り返って、少し困ったような顔をした。どうしてそんな顔するの?
『いたんだけど、死んだんだよね』
彼はとても軽く言ってみせた。いや、軽く言おうと意識して言ったに違いない。でも彼は特別悲しそうな顔はしなかった。
『そうなんだ……』
私はそう返す以外言葉が見つからなかった。別に同情の気持ちなんかは生まれなかったし、今更社交辞令で残念そうな顔をするのも面倒だった。人が死ぬっていうことは特別なことじゃない。日々どこかで繰り返されている自然の摂理だ。私も及川先生も何もしなくったって不可抗力で死んでいくのだ。
彼は煙草を吸いながら流れる音楽を口ずさんだ。
外はどんどん暗くなっていき、街灯の明かりがポツポツと灯りはじめる。
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