第1章

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 ユギとヨジはひとつの赤い羊膜にくるまれて産まれた。その月の新月から数えて、はじめての嵐神の日の朝だった。  ユギとヨジはよく似ていた。鏡に映る己の姿よりも、右手と左手の指先の渦よりも、同じ枝に咲く薔薇の花と花よりも。  僕たち、男と女でよかったよね。ヨジはある時言った。だってどっちも男か、女だったら、誰も見分けられなかったよ。ユギはそのとき、そうかもね、と笑い返した。その拍子に唇の歪んだ感触が、今でも不思議と、鮮やかに残っていた。 * 【ワタリ】 《鳥》、あるいは《纏い》とも呼ばれる。  舌先の棘によって人間の血を吸って己の糧とし、永遠の命をつなぐ。  人間の姿をしながら、人間にあらざる生物である。 *  東の空から夜の裾がひろがりつつあった。既に森は青く暗い。連日の雨に、草木の香りが濃かった。  夜がくる前に、ユギはヨジの身体を橋から突き落とした。橋といっても太い幹を渡しただけの、容易いものだった。  白い指先が、濁った水面を掻いた。水を飲む口は何かを叫んだかもしれなかった。ちら、ちら、と指先は見え隠れし、やがて濁流に呑まれた。ユギはさっぱりとした気持ちで川の流れを眺めた。これでしばらくは騒がしい声を聞かずにすむ。  鳥の羽ばたきが頭上をよぎった。 「誰だ」  しゃがれた声がし、草木を掻き分ける音が続いた。  ユギは緩慢にそちらを振り向いた。  若い男が二人、色褪せた低木を跨いだ。今回の仕事の案内人だった。  二人とも明日の夜の猫祭りに備えて、額から鼻までを覆う仮面をかぶっている。色とりどりに彩色され、金に縁取られた猫の仮面は、草木に溶け込まず、滑稽なほど目立っていた。  ユギは知らず知らず顔を顰めた。 「弟はどうした」  菱形模様の仮面をした男が、訝しそうに眉を寄せた。額や耳に硝子玉の嵌った仮面の男も、一緒に頷いた。 「ヨジは具合が悪いから、置いてきたわ」 「狩りはどうするつもりだ」 「私一人でじゅうぶん。道はあっちでしょ。あんたたちは先に帰ってくれる。邪魔だから」  硝子玉の仮面の男が気色ばむ。菱形模様の仮面の男がその手を強引に引っ張り、ユギの来た道を戻って行った。  森の奥に進むにつれて、静けさは深まった。湿り気を帯びた空気に草木が青くけぶる。鳥の囀りが、時折鼓膜を鋭く突いた。
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