第1章

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 帰宅時に本屋に寄り、有沢悠司の最新刊をゲットした私は、浮かれ気分で部屋に戻ってきた。  と、今度は弁当屋の袋を手にしたお隣さんと遭遇する。 「あ……、こんばんは」 「こんばんは。今日は、良く会いますね」 「そうですね」  同僚が言っていた『ストーカー』という言葉が頭をよぎる。  自分の事を知っているのか聞いてみたい気持ちもあったが、やっぱり関わらないのが一番だ。 「それじゃ……」  鞄から鍵を出し扉を開けようとすると、「あっ」と何かを見つけたようにお隣さんが声を上げた。 「その紙袋、駅前の本屋の……ですよね?」 「えっ?」 「本、好きなんですか?」 「はい。好きです……けど」  私がそう答えると、お隣さんは嬉しそうに笑った。 「僕も好きなんです、本。嬉しいなあ。こんな近くに本好きな人がいて」 「えっ? あの……?」 「あ、すいません。つい……。最近の若い人って、あまり本読まないイメージがあって。マンガは読むけど活字は苦手って人、多いでしょ?」 「ま、まあ……。私が若いかはともかく、活字離れしてる人は多いかも……」 「だから、あなたみたいな人が本を読んでるって知ったら、なんだか嬉しくなっちゃいました」  朝会った時は、ボソボソと聞き取りづらい話し方だったのに、今のお隣さんはまるで別人のように饒舌だ。 「クスッ……」 「えっ?」 「あ、ごめんなさい! なんでもないです」  おもわず笑ってしまって、私は慌てて取り繕った。 「そうだ、お弁当。早く食べないと冷めちゃいますよ」 「あ、忘れてました」 「あったかいうちに食べないと、美味しさが半減しちゃいますからね。それじゃ、また」 「あ、はい……」  私は扉を開け部屋に入ると、また笑いが込み上げてきた。 「フフッ……。あの人、本当に好きなんだな、本。やっぱり、ストーカーなんかじゃないよね」  私はそう思い直すことにした。
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