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隣に引っ越してきたのは、大学で人気のあの人。
「ピンポーン」
休日の昼下がり、部屋の呼び鈴が鳴る。
……また、新聞かなにかの勧誘かな。
覗き窓から外の様子を伺う。
どこかで見覚えのある……
「あのー。隣に引っ越してきた宮越(みやこし)ですー。」
中に人が居るかわからないのだろう。
玄関の扉に向けて、キョロキョロと目を動かしながら話す人。
決して大きな声を出そうとしているわけではないのによく通った、
男性にしては少し高めの声。
今この扉を挟んで向こうにいるのは、
間違いなく、あの、学生から大人気の宮越教授だった。
***
理工学部の教授だけれど、私はその顔を知っていた。
いや、同じ大学の学生ならば知らない人はいないだろう。
教授、と呼ぶには随分と若い。
ほかの教授と比べると、学生みたいだ。
その若さとルックスが話題を呼び、学内で噂の教授。
友達と一緒に彼の授業を聴きに行ったことがある。
文学部の私たちには、講義の内容はさっぱりわからなかった。
それでも耳に入ってくる、よく通った綺麗な声。
広い教室を見渡しながら、語りかけるように話すその口調。
一度でいいから、あの先生と話してみたい。
***
今、目の前にそのチャンスが訪れていた。
「はーい」
返事をして扉を開ける。
「あ、こんにちは。すいませんお休みのところに。」
突然の返事に驚いた様子を見せる先生。
「とんでもないです! あ、あの。修青大の宮越先生ですよね!?
私、文学部の3年生なんです!! 種田あかりって言います。
よろしくお願いします!! 」
「…あ。そうなんだ、うちの学生?
そっか。うん、よろしくね。」
緊張のあまり、言いたいことが一気に口から出てしまった。
先生は一瞬、驚いた様子だったが笑って答えてくれた。
先生の笑う顔を、初めて間近で見られた。
引越しの挨拶にと、菓子折りをもらった。
「小さくて申し訳ないけれど」
と先生は言っていたが、私には大きな大きな贈り物だった。
その箱を部屋で眺めているときに、気づいた。
一度でいいから話してみたいと憧れていた、宮越教授。
高校のときから着ているヨレヨレのジャージで
その憧れの人と話していた。
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