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そうこう考えている内に、気づけば8階に到着していた。基本エレベーターは使わない。8階まで階段で上がるのは時間がかかるが、部屋に籠ってばかりの私にとってはいい運動だ。
階段を出て廊下を進むと、ちょうど隣人が部屋から出てきたところだった。
人柄の良さそうな男。彼も私に気がついた。
「お引っ越しですか?」
思わず声をかけていた。
「えぇ、お世話になりました」
男はにこやかに答える。
本人に聞けば早い。
そんな考えが脳裏をよぎる。たった一言尋ねてしまえば、ずっと抱えていた疑問が解ける。しばし考え、私は笑顔で言った。
「こちらこそ、お世話になりました」
…………聞く勇気がなかった。たった三ヶ月で引っ越しを決意させるほどの迷惑をかけていたとしたら、相当なものだ。もう彼は引っ越す。明日からは無関係の人間だ。今さら聞いたところで遅い。
勇気のない私は、部屋へと帰った。あまり部屋を空けるわけにはいかない。窓際に置かれたテーブルで昼食をとる。
次の入居者に聞いてみよう。
きっと明日には次の入居者がやって来る。数週間してから、廊下で会った時にでも聞いてみよう。そう思いながら、私はカーテンの隙間から窓の外を見る。もうすっかり見慣れた風景。仕事はまだまだ終わりそうにない。
次の日の朝一番、次の入居者はやって来た。今度は30代半ばの会社員風の男。どこにでもいるような、中肉中背で、ちょっと神経質そうな男だった。
引っ越しの挨拶にやって来た彼に、私は「なにかご迷惑をかけるようなことがあったら遠慮なく言ってください」とさりげなく言った。本当にずけずけと遠慮なく言われたらショックだが、この悩みを抱え続けるよりはましだと思った。
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