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彼の言葉に私の心は揺れた。
普段ならそんなことはあるはずないのに、
お金が欲しいという彼女の本当の理由を聞いた後では自然なことだったのかもしれない。
彼女のために何かできれば……
そんな綺麗事じゃない。
もっと別の理由だ。
そして、それに加えて、私の中には別の感情も湧き上がっていた。
彼女が家族のために足を踏み入れた世界をほんの少しだけ見てみたくなった。
彼女が家族のためにどんなことをしているのか知りたくなった。
そのことが私をその場からすぐには立ち退かせなかった。
「何を……話せばいいんでしょうか……?」
囁くような小さな声しか出なかった。
『帰らなくては』
『中に入ってはダメ』
『引き返せ』
『話すだけなら……』
私の中でいくつもの声が飛び交っていた。
「世間話」
そんな中で現実の声が脳内に響く。
彼が再び奥へ入ろうとすると、私は自らの手でドアを押し開けていた。
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