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久しぶりに履くサンダルは足に馴染まない。たかが10歩じゃその違和感は拭い去れなくて、もやもやしたまま僕は一冊の文庫本を持って隣の部屋のインターホンを押した。
夜。田中さんは帰ってきているはずの時間。ピンポーンとよくあるチャイムの音が奥の部屋で鳴ると、どたばた慌てたような足音が近付いてきた。そして僕のようにスコープを覗く気配もなく、ドアがガチャリと開く。当然、チェーンは付いていなかった。
「……こんばんは」
「あれ?隣人さん!珍しいですね!どうしました?」
奥の部屋からは僕の好きなバンド音楽が聞こえてくる。どうやら夕食後の片付けの途中だったらしく、その手は少し濡れていた。
申し訳ないと思いながらも、その思いを口にする方法も思い浮かばず、僕が話すのをにこにこして待っている田中さんに顔を向けて、…でも目を合わせないで、ひとこと、言った。
「トモザキケンリ…って、ご存知ですか…?」
突如、彼の反応は変わった。
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