第1章

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 塵と、ガスがふよふよと漂う姿は水の中を漂う水母のような存在にも見えて、私はその姿に疲れが癒されるのを感じた。原始宇宙にはヒーリング効果もあるのだということを私は人類で初めて知った人間であろう。それから私は毎日、水槽にへばりつくようにして眺めては嘆息していた。  数日後、私が仕事から帰ってきていつものように水槽の前へ行くと、中には何やら小さな塊が漂っているのを発見した。塵やガスが渦を巻くようにして、中心へと集積した結果、何かしらの恒星が存在し始めたのだろう。私の目の前でそれらはぶつかり合っては、砕け、融合し、大きな塊となるものも現れ始めたようだった。  やがて、宇宙は無秩序に空間を漂うことを止めたようだった。集合体である銀河が形成されて、それらはまた中心へと集積しながらも反発しあうような複雑な動きを見せ始めていた。  私の部屋、というとんでもなく偏狭な空間の、特殊水槽という狭量な質量の中で育つ宇宙空間。このころになると、私にとって毎日それを眺めることは日課となっていた。  やがて、形成した銀河の中心にはブラックホールも現れ始めた。逃げ惑う銀河を構成する星々を、銀河の中心で偉そうに存在するブラックホールはその巨大な重力をもってして次々に飲み込み始めた。  食いカスのようなジェットを放出しながら、ブラックホールは近隣の星々を蹂躙していく。  凄まじく、美しい捕食行動に私は息を漏らすことしかできない。弱肉強食、という言葉が一瞬頭を過ぎったけれど、地球上で、サバンナなどで繰り広げられる命のやり取りとは全く別の種類だとすぐさま思い直した。  ブラックホールにはそう言った血生臭さや醜径さが全く感じられない。ただ、規則的にそこにあるものを吸い付くしていくだけだった。  目が離せなくなるほどの美しさでもって、全てのものを消し去ろうとするこの天体を眺めているうちに、私はこの水槽の中はこの後一体どうなっていくのだろうと不安に駆られた。この中の星間ガスや、全ての原子がブラックホールによって短縮されてしまったなら。  そうしたら、収束した宇宙の縮図が現れるのだろうか。永遠と拡大し続けると言われている宇宙であるが、行き着く果てが無であることを認めなければいけないのだろうか。  考えている間にも容赦ない蹂躙は続いていく。私は初めて焦りを覚えた。
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