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例えばセピア調で撮るのがちょうどピントの合いそうなこしゃれたレンガの壁に、古ぼけたモノクロ写真を六枚とか七枚とか木製の額に入れてはぶら下げてみて、ちょっとさみしげなピアノのバラッドなどかけて本を読む。
その本というのはお店の一角に何冊かあるもので、誰かが大切にしている物語を棚へ置き、代わりにどれか持ち出していくから、くるりくるりと糸をたぐりよせるみたいに人と人の記憶を結び歩いて私のもとに今いるというだけの、
ぼろぼろの表紙とページに残る涙の跡が私をいちじの通過地点にしているというだけの、とても素敵な古書である。
お客さんのいないときは店長が趣味の最新型パソコンを三台同時にフル稼働させ、0と1の記号を複雑に織りまぜて彼の作るコーヒーと同じくらい深い味。
店内にはほどよく花や葉っぱを飾ったり機械の無骨さを放置したりしてアンバランスさがバランスよく保たれ、背もたれの優しい木に寄りかかってすぅうとコーヒーの香りを堪能するのにもってこいだ。
――そういうこぢんまりしたカフェが私の家の隣にあったとして、
一番安く一番美味しいオリジナルブレンドをほとんど毎日飲みに行っていたとして、
ある日あの空間の真ん中に、
カンバスが彩られる瞬間の絵の香りがし始めたとして、
それはつまり私の生活がすこぅしだけ、すこぅしだけ変わるってことを意味していた。
隣に引っ越してきたのは、綺麗で毒舌な絵描きの青年だった。
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