第1章

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最初の洗礼は、研究室配属初日のことだった。 M1の田宮先輩が研究室全体の案内をしてくれる予定になっていて、約束の時間まで先輩を待つ間、ふと部屋のすみに何もかかっていない洋服ラックを見つけた。 着てきた上着が後々邪魔にならないように皆で使わせてもらうことにした。 ハンガーがないことに少し違和感があったけれど、どうせ長い間使われていないのだろうし、と深く考えず、誰にも断らなかったのがまずかった。 しばらくして、田宮先輩から研究室の配置、使い方等を教わっている時のことだった。 「ちょっと!あんなとこに服かけたの誰!?」 菅先輩がすごい剣幕で迫ってきた。 あの洋服ラックのことか? 同回生達と顔を見合わせる。 「あ…もしかして、誰か入り口にあったラックっぽいやつに服かけてきた?」 田宮先輩が「やっちまったな」って気の毒そうな顔でこっちを見る。 「はい…すみません、使われていないものだと思って…無断で使ってすみませんでした」 菅先輩の私物だったのか。 「使ってるわよ!毎日愛用してるわよ!」 愛用…?洋服ラックに使う言葉としては違和感を覚えた。 「あんな風に服かけられたんじゃ、ぶら下がれないでしょ!」 ぶ、ぶら下がる??? 「あー…あれね、菅さんの、ぶら下がり健康器なの」 そう言って苦笑する田宮先輩の隣で、菅先輩はまだ怒っている。 なんでも教授の奥様が断捨離に目覚め、長年洋服ラックとして眠っていたぶら下がり健康器を処分することになった、と、教授が話されていたそうで、それを聞いた菅先輩が是非に!!と懇願して譲って貰ったそうだ。 「健康にも良いし、ぶら下がってるとアイデアが浮かびやすいし一石二鳥なのよ」 先輩は本当にそう思っているようで、実験中の待ち時間や論文執筆中に行き詰まった時など、ぶら下がっている菅先輩をよく見掛ける。 部屋のすみで、時折ぶつぶつ何か呟きながら、真顔でぶら下がってる光景は異様だ。 でも先輩は他人の視線など一向に気にならない風で、それどころか、つまらないミスをしてしまった時や質問に答えられなかった時には、自分達にまでぶら下がることを強く勧めてくる。 菅先輩を怒らせないため仕方なく従いはするけれど、あちこちから好奇の目でチラ見されるのはとても辛く、一種の拷問にも近い。 新人達は処刑台にぶら下がることを日々恐れている…。
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