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「あ、あの」
私はそそくさと部屋に戻っていこうとする岡田さんを呼び止めて、
「そっちの部屋じゃなくて、こっちの部屋で騒いでましたよね。昨日」
「へっ。そこは去年俺が怒鳴り込んでから、一回も騒がれた覚えはねえよ」
と、どこか自慢げに言い放って、今度こそ岡田さんは自分の部屋に入った。
「岡田さんもああ言ってることですし。やっぱり笹垣さんの勘違いだったのかもですね」
ほっと一息ついて、大家さんは口元を綻ばせる。
「‥‥‥はぁ」
幻聴だなんて、私も相当疲れてるな。
「その幻聴に律儀に手紙まで書いて」
「手紙?」
そのキーワードに引っかかるものがあったのか、大家さんは再び私のもとに戻ってきた。
「そうでした。これ笹垣さんが帰ってきたら渡そうと思ってて」
ポケットからごそごそと取り出したそれを大家さんは私に手渡した。
「はい。どうしてかは分かりませんが、こちらのポストに入ってましたよ」
それじゃわたしはこれで、と大家さんもまた自室に帰っていった。
「これって」
私は掌のそれをまじまじと見つめる。
それは今朝私が書き殴った、ルーズリーフ。ではなくて、
「ちゃんとした手紙だ」
若草色の、和紙みたいな素材で出来たこ洒落た封筒。
手早く封を切り、中から手紙を取り出してみると、
『笹垣さんへ 昨日はお騒がせして申し訳ありませんでした。引越しで集まったついでに、みんなでワールドカップを観戦してたらつい盛り上がってしまって。忠告はありがたいのですが、手紙に気がついて時にはもう既に怒られたあとでした。ほんと怖いですね、岡田さんって。お返事というか、引越しのご挨拶を直接したかったのですが、どこにしに行けばいいのか分からないので、とりあえず自分の家のポストにはさんでおきます。気がついてくれたのならよかったです。 ナナセ』
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