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まだ空が明けやらぬ時間──
ベッドの中から腕を伸ばし、目覚まし時計のボタンを止める。
時計の針は5時29分。
セットされた時間直前だ。
サイドボードの定位置にある眼鏡を手に取ってカーテンを開け、天気チェック。
着替えて寝室を出て顔を洗い、軽く身支度を整えたら夜のうちに予約しておいた洗濯機の洗い物を片付ける。
衣類はさばき皺を許さず、タオル類はわずかなズレもなくきちんと四隅がそろっていなければならない。
掃除機は途中途中でノズルを換えて棚の裏まできっちりと、水拭き空拭きで動かしたものは寸分の狂い無く同じ場所へ戻すべし。
幸い自宅マンションには物が少なく、必要最低限の家財道具しかないから掃除はそう面倒でもない。
窓の桟までぴかぴかになった部屋で、次の流れはコーヒーをセットしてからの朝食の準備。メニューはあらかじめ決まってる。
今朝はトースト、サラダにヨーグルト、ベーコン添えの目玉焼き。明日の予定はご飯に焼き鮭、味噌汁、きゅうりの浅漬け、たまご焼き。
お昼は社食で、夕食のメニューも決まってる。明後日の朝食も昼食も夕食も、その次の朝食も昼食も夕食も、その次も、その次も。一週間分は休日の買出し時に計画立てて決めてある。
今日はちょっと肌寒いから鍋を・・・・・・なんて余所見はしない。予定も計画も食材の按配も狂ってしまう。
不意の飲みなんて誘われることもないから、そっちの方も問題ない。予定は常に粛々と消化されていく。
コーヒーを片手に新聞を読み、洗い物をして歯を磨き、身なりを整えて7時42分。
スーツのジャケットに袖を通して持ち物の確認。胸元に触れるとジャケットの生地を通して内ポケットの万年筆の感触が指に伝わってくる。
カバンを持って玄関をくぐり、エレベーターの前で腕時計をみると7時45分。やや早歩きで駅まで12分、8時5分の電車に乗る。
会社に着き、時計を見ると8時43分。寸分狂いなく昨日と同じ時間だ。
「課長、おはようございます」
挨拶をしてくる部下におはようとこちらも返して、窓を背に負った自分のデスクに着く。
そうして今日も、規則正しく堅実な鈴原彬の生活が始まる。
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