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──息苦しくありませんか。
夢うつつの中で誰かが囁く。
──決められた人生なんてつまらないですよ。
他人の人生をつまらないだなんて。
ムっとしていいはずなのに、それはカウンターに置かれたウィスキーグラスにぽとんと重たく落ちたような呟き方で、腹立ちよりも戸惑いをおぼえた。
つまらなくなんてないとか、好きでやってるんだなにが悪いとかなんとか、自分はろれつの回らない舌で声高に演説をぶつ。
折り目正しい結婚観だの、完璧な人生設計だの、子どもの教育方針や老後の予定まで悠々と語りまくり、まあ、32歳独身で子供どころか恋人さえいない現状なのだがそれはともかくして。
そこは見合い結婚を予定していると拳を握って力説する。
──あんたここをどこだと。
大声で語る間中、相手はおかしそうにくつくつ肩を揺らしていた。
はてここはどこだったか。
スツールの上で首をかしげて、やたらムーディーな照明器具を見上げる。
少々酔っている自覚はあった。
いや、少々でもない。
頭はぐらぐら、視界はぐるぐる、照明がキラキラ。
かすかな人のざわめき声、アルコールと、つまみの揚げ物のにおいと、あとなにか、隣から爽やかでいてどこか官能的な、胸の奥をくすぐるようないい匂い。
こいつ男のくせにやたらいいにおいがするなとか、べらべらしゃべりながら頭の隅で考えた。ひょっとしたらそのまま口にだしたような、出さなかったような。
そもそも最初は別の奴と飲んでいた、はず?そういえばいつからこいつと・・・・・・。
魅惑的な綺麗な形の唇が弧形に笑む。
香りの元が近づいてきて、すんと鼻を鳴らした。あんたもだね、と・・・・・・。
焦点が合わないくらいの距離。
瞳の色が薄く、加減によってアンバーに見えるんだなと、いい加減かすみ始めた思考で考える。
妙な引力を持った琥珀色の瞳が甘く微笑んできらめく。
──ねえ。恋をしましょうよ。
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