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二時間の残業の後退社して、外に出たときは真っ暗だった。日もずいぶん短くなったものだ。
寒空に前のめりになってコートの襟を合わせながら、賑やかなネオン街を通り抜ける。
夜遊びの高校生が騒いでる隣で、一人ホームで電車を待った。
乗り込んだ車両には疲れた顔の背広の中年や、化粧の溶けかけたOLが、生気の無い表情で俯いて座っている。
彬は入口近くに立ち、真っ暗な車窓に映る自分の顔を眺め続けた。
古いビルや商店の並ぶ駅に降り立ち、そこから住宅街へ。
駅周辺の明るさから遠ざかるほど、周囲は塀や無人の駐車場に囲まれて暗く沈み、街灯の明りだけがぽつぽつと行く手を照らすようになる。
やがて暗闇に佇む5階建てのマンションにたどり着き、何気なく4階の部屋の窓に目をやって──思わず足が止まった。
明りの灯った部屋のベランダに、人影がある。
こちらに気づいたらしい宮坂が、手を振ってから呼びかけるように口元に添えた。
おかえり、と言われた気がした。
腕を組んで手すりに凭れて、暗くて表情はよく見えないが、たぶん、笑っている。
ふっ、と寒さが薄らいだ気がした。
──ただいま。
声に出さず唇だけで応えて、さっきよりも軽く感じる足でマンションの門をくぐった。
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