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たぶん、あのとき自分もまた酒に酔っていたのだ。でないとあんな自分、説明がつかない。相手は男なのに。
あの店でそんなことがあったなんて、鈴原はすっかり忘れてしまっているらしい。
宮坂もあえて黙っている。でないと、警戒されて同居なんて許してくれなかったかもしれないし。
兄の言うような好きも嫌いもない。自分たちは御稜威家を欺くための、期間限定の偽物の関係なのだから。
「家に帰ったりして、ストーカーに会わなかったか?」
「え?ああ、まあ……」
会うには会ったけど。
顎を撫でながら兄弟達のことを考えていて、ふと視線を感じて隣を見ると、鈴原が心配そうな顔で見つめていた。
宮坂は笑って、手を差し出した。
「なんだ?」
差し出された手を見下ろして、鈴原が眉をひそめる。
「手、つなぎません?」
「なんでっ」
「ストーカー対策ですよ」
「……ストーカー対策か」
首をひねりながらも、おずおずと手を握ってくる。
ほら、そうやって簡単に丸め込まれる。
まったく、年上のくせに一々可愛いから困る。
自分より冷たい手をぎゅっと握り締めながら笑みを深くした。
「ストーカー対策にはなっても、世間体は崩壊するかもですね」
鈴原がぎょっとした顔をする。
「は、離せっ」
「大丈夫ですよ、誰もいないから。ほら、そこの電柱まで」
そうして電柱まで来たら、もう少し先のポストまでと言った。ポストまで来たら、マンションがもうすぐそこだから、その門まで、門からエントランスまで、エントランスまで来たら、この際部屋まで。
偽物の恋人関係はいつまで続くだろう……たぶん、そう長くは騙しきれない。御稜威家のことも、鈴原のことも。
こんなのは場当たり的な一時しのぎで、本当は鈴原にも事情を話せば恋人の振りなんかする必要はないんだろうけど、じゃあなんで今こうしているのかなんて言えば、正直わからない。
しいていえば、楽しいからだ。
鈴原にばれたら怒るかもしれない。顔を真っ赤にして怒るのも見たいな、なんて天邪鬼なことを考える。
同居解消と言われたら、まあそのときはそのとき。
とりあえずまだしばらくはここにいる。今夜のおでんが楽しみだ。
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