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家に帰ってくると、どっと形容しがたい疲れが湧いて出てくるように、身体が妙に重く感じた。 また明日になれば、キクチとも顔を合わせることになるだろう。 タケヤマは、ヒロセにも、カネコにも、自分が勝手に色々と決めてしまったことを改めて謝罪して、キクチにも謝ろうと思っていることを2人に告げてから帰宅した。 決して、ナーバスなどではなく、ヒロセとカネコと話したことによって、自分の欠点のようなものに気付いたことへの感謝の念から起こるものだった。 タケヤマは、ベッドに横たわって、そこに投げ出されていたイヤホンを自分のiPodに接続した。 映しだされた画面を操作して、ビートルズのヘルプが再生途中になっていた所から、レット・イット・ビーに切り替えて再生ボタンを押した。 ありのままに……。 そう優しい声で唄うポール・マッカートニーの声に全てを預けるように、タケヤマは瞑想した。 そう、ありのままに。難しく考えることはないんだ。 リピート機能がついたままのiPodは、充電という己の体力が力尽きるまで、レット・イット・ビーを小さなイヤホンから流し続けていた。 タケヤマは、その内、深い夢の世界へと落ちていって、その中で顔のわからないギタリストとベーシストとドラマーのいるバンドで、満員の武道館でライブをする夢を見た。 その時に、ビートルズも考えつかなかったような、素晴らしいメロディーの曲を演奏していて、朝がきて目覚めるまで、そのメロディーは確かに自分の中にハッキリと鳴っていたはずなのに、夢から現実に意識が呼び覚まされていって、視界が、満員の武道館から狭い自分の部屋へと姿を変えていった時、夢の終わりと同時に、そのメロディーも吸い込まれていってしまって、頭から辿っていくことが出来なくなってしまった。 タケヤマは、自分が見たあの武道館の景色で鳴っていたメロディーを今すぐにでも誰かに伝えたくなって、思わず親に興奮して話しかけたけれど、それは、てんでちぐはぐで要領を得なかった。 親は、そんなタケヤマを見て、寝ぼけてないで顔でも洗ってこいと笑ったが、タケヤマには、あの音楽が持つ一体感や感動を、誰かに伝えることの楽しみと喜びに、改めて身体の芯から震えたような気がした。 そして、カネコとヒロセにも早く伝えたくて、急いで朝飯を済まそうと思った。
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