終演の足音

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「それってワイン?」 「いや、ドライシェリー・・ 甘くないんだ・・ これとチーズがあれば僕はそれだけで幸せな気分になれる」 ルイはそう言ってチーズをのせたクラッカーを美也子の口に運んだ。 「あっ・・胡椒?」 「正解。 プルソンポアブル・・ クリームチーズに黒胡椒が練り込んである。 どう?美味しい?」 「美味しい、初めて食べた」 「ジュースにはあまり合わないかな? でも僕の好きなものもっと君に知ってほしい・・」 その言葉に美也子が振り向いた。 「美也子・・僕が好き?」 「何、突然」 「まだ大嫌いか?」 「違うって知ってるくせに」 「そうだな・・ 知ってると思ってる・・ なぁ、今夜は飲んでいいか?」 「いいわ・・ つぶれても心配ないもの」 「つぶれたりしない、言ったろ、酒は強いって」 明日だ・・そう思うと不安が胸を襲う。 二本めのシェリーが空になった頃美也子の膝に頭をのせ目を閉じた。 「美也子、眠くなったら隣の部屋のベッドで寝ろよ。 僕はこのままここで寝る。 後でクローゼットから毛布を出してかけてくれ」 ルイの様子がおかしいと思いながら美也子は自分の膝で眠る彼を見つめた。 もう二度と男の人を好きになるまいと思っていた・・ 18歳で銀行に入社して7年、毎月少しずつ貯めたお金を初めて好きになった男が全て持っていった。 連絡が途絶えて不安になり東京の彼の部屋を訪ねると別の女性が彼と腕を組んで 部屋から出てきた。 すれ違いざまに彼を見たが、彼は私から目を反らしそのままその女性と去っていった。 何も言わずに大阪に戻った。 彼との縁を切ると決め部屋を引っ越して銀行の支店も転勤願いを出して代わった。 そして半年・・ やっと心の傷も癒えたかと思った頃その男がまたやって来た。 金が必要になったと言って・・ もうお金等ないと言うと銀行のお金をどうにかしろと言った。 だがそんな事出来る訳がない。 無理だと言うともう一人の女に頼むから一緒に来いと言った。 来ないなら銀行に金を使い込んだとばらすと脅した。 使い込み等してないと言ったが、噂だけでも辞める事になると言われ仕方なく付いて行った。
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