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夏の暑さが徐々に薄れていく九月の中旬。
三年前に貯金で買った白の軽自動車で、武蔵はハイウェイから外れた山中の道を走っていた。左右には背丈の高い木々が並んでおり、まだ日が昇っているにも関わらず道は鬱蒼としている。
この道に入ってすぐにタクシーとすれ違ったきり、他の車を見ていない。あと数時間もしたら暗くなり、道に漂う仄暗い雰囲気がもっと濃くなるだろう。ここを選んだのは失敗だったかな――と、少し後悔した。
新卒から七年間勤めた食品商社の会社を辞めたのが二週間前。仕事に不満はそれほど無かったが、上司と後輩である女性社員の不倫を手伝わされるのにはうんざりしていた。
彼らは社内で噂されるほどの恋愛関係にあった。しかも、上司には妻子がいた。彼は武蔵を含めた部下に口裏合わせを強要した。武蔵は何度も、会社にかかる彼の奥方からの不倫を疑う電話を対応させられた。それがストレスで胃薬が手放せなくなった時期がある。
ある時、上司が後輩とのデートにかまけて、取引先に提出する見積書の作成を忘れた。そして、その責任を武蔵になすりつけたのだ。幸い、取引先は古くから付き合いがある会社だったので、この件は穏便に済んだ。だが、これがきっかけで武蔵は退職を決めたのだった。
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