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退職後、次の仕事を探す前に、武蔵は気晴らしに自分のやりたかったことをやることにした。それは温泉巡り旅行である。
勤めていた頃の休日の過ごし方は、近くのスパで疲れを癒すか、レンタルショップからDVDを借りて見るくらいだった。長い休暇が取りづらい会社だったので、常々、山奥にある秘境の湯を梯子したいと思っていた。
会社を辞めた翌日、武蔵は早速実行に移した。愛車に乗って、二週間かけてネットやガイドブックに載っている温泉を片端から巡った。
今日は最後の温泉を堪能した後の帰り道だ。
「……帰ったら転職活動が待っているのか」
ため息をついてハンドルを握る。
至福の時間が終わりを告げるのを惜しんだ。温泉宿を出た後もフラフラと観光をして、帰りの出発を予定よりも遅らせた。カーナビの示す自宅までの最短ルートを無視してこの山道を選んだのも、遠回りしたいという思いからだ。
急いで帰りたくないな。町に出たらビジネスホテルに泊まるか。それとも、どこか適当な場所に車を停めて、一晩車内で過ごそうか。
もう少し現実から逃避したい――と遠くを見ながら運転していると、あるものが目に止まった。
「……女の子?」
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