その1 言い伝えと美少女

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 道の先で少女が一人、武蔵の車めがけて大きく手を振っていた。  こんな不気味な山道で少女が一人? 不審に思ったが、先程食堂で見たニュースが頭をよぎる。もしかしたら何か事件かも知れない。  後ろから後続車が来ていないかを確認すると、少女のいる場所から少し先で車を左に寄せて止めた。少女はまさか停まるとは思っていなかったのか、暫くぼうっと車を見つめた後、はっと我に返って慌てて駆け寄って来た。 「わわわ、すみません、すみませ~ん!」  武蔵は助手席側のウインドウを下げる。少女はその前に立ち、深々とお辞儀をした。 「ああああの、ごめんなさい! 車を停めてしまいまして!」 「いや、別にいいけれど」  そう言って、武蔵は少女の姿を観察した。  小柄で細身だ。年は十代の半ばから後半か。黒々とした髪を鎖骨の下まで伸ばしている。前髪は瞼の上で綺麗に揃えられていた。肌が雪の様に白く、少し目尻の下がった目つきと、薄い唇がおっとりとした雰囲気を醸し出している。  少女は花柄のワンピースの上に薄い水色のカーディガンを羽織っていた。その背中にウサギをモチーフにしたリュックを背負い、肩からピンク色のポシェットを下げている。そして、小さなその手で大きなスーツケースを引いていた。  武蔵は嫌な想像を巡らせる。少女の格好は、山歩きのそれではない。街中でデートをするかのようだ。  もしかしたら、この可愛らしい少女は事件に巻き込まれて山に捨てられたのかもしれない。それとも、山に埋められて、もうこの世の者ではないのかも……。
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