その1 言い伝えと美少女

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「夫を早くに亡くした女は色狂いで、幼い我が子の面倒をろくに見ずに、毎晩男を連れ込んだ。男とまぐわっている時に子供が泣いて縋ると、女は我が子を敵のように扱い、時には相手の男と一緒に手ひどい仕打ちをした。それでも、子供は母を慕っていたのじゃ。だが、その思いは女には届かなかった」 「それは……ひどい話ですね」  武蔵は相槌をうつ。 「ある時、女の噂を聞きつけて、村の長者の息子が夜這いに来た。女は息子に取り入って贅沢な暮らしをしようと企んだ。だが、情事に及ぶとまたしても子供が泣いて水を差す。女は邪魔されることに耐えきれなくなった。そこで子供をこっそりと山の奥に捨てたのじゃ。せめてもの情けで雨露をしのぐための笠と、暖をとるための蓑を与えて」 「それは恐ろしいですね」 「周りの者には子は病で命を落としたので、山に埋めたと言いふらした。そして、肩の荷が下りた女は、長者の息子の妾となって何不自由なく暮らした」  そこで老婆は一息つくと、カッと目を見開いた。 「恐ろしいのはこれからじゃ! ……それから幾ばくかの月日が流れ、山に化け物が現れ、村に降りて人を殺めるようになった。その身は六尺以上あり、ボロボロの笠を被り、血に染まった蓑を着ていた。化け物に殺められた者の中には、あの女や長者の息子、さらには女と通じた者もいた。人々はその化け物を『赤蓑』と呼んだ。捨てられた子供が大きくなって、己が快楽の為に自分を捨てた母への恨みから、不貞な輩を殺すのだと噂をしたのじゃ」
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