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「さっきから、赤んぼ赤んぼって、何なのよ?! そんなもの連れてきてないわよ!」
「え?」
「どうせ、アタシの見た目がこうだから、車内に赤んぼ放置してパチンコしてる、どうしようもないクズ母親…とか思ってんでしょ? でもおあいにく様。ウチのかわいーい娘ちゃんは、今日は旦那と二人でお留守番してくれてるの。ここに来てるのはアタシだけ。車内放置なんてしてませーん」
女が気っぱりそう言は放つと、さっきまで咎めるような視線を女に向けていた店員が、今度はこっちに疑惑の目を向けてくる。その疑いの眼差しの中、俺は大きく首を傾げた。
「でも、確かに後部座席に赤ん坊がいたんですよ。頭のてっぺん辺りの髪をちょっと縛った、ピンクに、小さな黄色の水玉模様の服を着た、多分、女の子が……!」
「!!」
ふいに女に胸ぐらを掴まれ、俺は言葉を失った。
濃い化粧を通しても血相を変えたことの判る顔が俺を睨んでいる。ただ、その目にはさっきまでの忌々しさはなく、これでもかというくらいの驚きが浮かんでいた。
「アンタ、何でウチの娘のこと知ってるの?!」
* * *
この翌日、悲しいニュースが世間に流れた。
アパート暮らしのシングルマザーの女性が、同棲相手の男に娘を預けて外出している途中、この男が赤ん坊を殺してしまったというニュースだ。
男の供述では、赤ん坊が泣き出したため、最初は必死にあやしていたが、あまりにしつこく泣き続けるので、かっとなって床に叩き付けたら動かなくなったとのことらしい。
なお、外出先から帰ったシングルマザーの女性…俺がパチンコ屋で出会ったあの女は、娘の亡骸を前に半狂乱となり、隣人の通報で駆け付けた救急車で搬送された後も、錯乱状態が続いているらしい。
結局、俺が目撃した赤ん坊は何だったのだろう。
本当は母親の所へすぐに現れたかったのだが、女がパチンコに夢中になっていたため気づいてもらえず、車内放置の赤ん坊として通報されることで、母親に一刻も早く家へ戻ってもらおうとしたのだろうか。
事実はどれだけ考えても判らないけれど、俺はこの日以降、駐車されている車を見ると、車内放置をされている子供がいないかどうか覗いてしまうという、ちょっと厄介な癖がついてしまった。
車内放置…完
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