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館内は常にガラの悪い者たちであふれているし、防音魔法がかかった劇場の壁ですら防ぎきれない爆音が絶えず各シアターから漏れ出ているため、5番シアターの異様な静けさはそれだけで少し不気味な気がした。だが、アスター達の使っている7番スクリーンよりやや大きめだったが、そこはなんの変哲もない劇場だった。えんじ色の観客シートに、舞台の上に吊るされたグレーの重たいスクリーン。普段は人が立ち入らないためか中は少し埃っぽく、天井には蜘蛛の巣がはっていた。
その扉はすぐにわかった。
スクリーンの真横に、壁の色と同じ、目立たないよう黒く塗られた鉄の扉があった。表面に蔦の模様が描かれた、いたって普通の扉だ。
「中から音は特に聞こえないな」
そっと扉に耳をつけたレプトスがつぶやいた。
「本当にいると思うか? 魔物なんて」
「それを今から確かめに行くんだろう」
鍵がかかっていないことを確認していると、さりげなくレプトスがアスターの後ろに回るのがわかった。ふり向きざまに「ちゃんと遺言書は書いてきたか?」と笑いながら前へ押し返す。
「お前こそ、死体受取人はあのお気に入りのイカれたフィザーリ大先生にしてきたんだろうな」
「いや、切り株みたいなケツのマリアチュール大先生にしてきたぞ」
「大の意味が違うじゃねえか」
わざと明るい声でくだらない軽口を叩いているのは、レプトスも、そして自分も、内心では少しビビっているからなのをアスターは知っていた。恐怖を振り払うかのように、アスターは勢いよく扉を開けた。
「わっ」
「うわああああ!」
扉を開けたと同時にレプトスを軽く小突くと、もの凄いスピードでレプトスが5番シアターの出口へ走った。鉄砲玉みたいな速さだ。
「……や、やめろよ!!」
「ごめんって」
てっきり狭い部屋でもあると思っていたら、なんと扉の先は細い通路のようになっていた。天井にも壁にも明かりらしきものはなく、ひんやりとしていて劇場内よりも温度が低かった。
『いにしえより受け継がれし我らの知恵のはじまり、赤い死山からの贈り物を授けよ』
アスターは手の中に小さな炎を作りだし、足元を照らした。
「奥から風が吹いてるような気がする。どこかに繋がってるのかな?」
「どうだろう」
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