0人が本棚に入れています
本棚に追加
それから十年程経った。
仕事で久しぶりにこの街に来た。秋が深まり少し肌寒かった。
やはり十年経つと雰囲気が変わっていた。商店街は少しさびれてマンションが建ち並んで前より住宅街が広がった感じだった。
仕事が早く終わったので住んでいた場所に行ってみた。
見覚えのある道を歩いていくとあのカフェがあった。外壁が所々くすんでいたが、あの頃のままだった。その隣の僕が住んでいたアパートはなくなって五階建てのマンションが建っていた。
「いらっしゃいませ」
迎えてくれたのは僕より少し年上の白髪混じりの男だった。
取りあえずレジでコーヒーを頼んだ。
「あの…」
僕はその男に話し掛けた。
「実は十年位前にこの店によく来ていたんです」
男は少し驚いたが
「ああ、あの頃ですか。父と母がお世話になりました」
と笑顔で答えてくれた。
「息子さんですか、どうも。ご両親はお元気ですか」
僕の問いに
「いえ、両親は三年前に事故で亡くなりました。今は僕と妻がこの店をやっています」
と少し間を置いて男は答えた。僕は気まずい気分になり
「えっ…そうなんですか。それは大変失礼しました」
と謝った。冷静を装ったが内心とても驚いた。
「いえ、わざわざ来て下さったのに、こちらこそすみませんでした」
男は神妙な顔で謝った。
「突然だったので最初は驚いたのですが、近所の皆さんが悲しまれているのを見て両親はここで愛されていたんだと思いました。それで店を継ぐ事にしたんです」
男は穏やかな笑顔に変わって明るい口調で話した。
「コーヒー豆が届いたわ」
レジの後ろの部屋から女性が現れた。多分この男の奥さんだろう。
「どうも。お邪魔をしてすみません」
僕は一礼しながら言った。男は軽く「いいえ。ごゆっくり」と言って大きめのサーバーを持って白いマグカップにコーヒーを注ぎ、トレイに乗せて差し出した。何となくその仕草があのオジサンとかぶった。
僕はトレイを受け取って窓際のカウンター席に座った。あの頃のオジサンの笑顔が頭に浮かんで悲しくなった、
ガラス窓越しに見える夕暮れの景色はすっかり変わったが、店の中は耳障りのいい洋楽ポップスが流れて相変わらず居心地が良かった。レジの上の壁にオジサン夫婦の写真がさりげなく飾ってあった。二人とも明るく笑っていた。
最初のコメントを投稿しよう!