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「いや、そんな風じゃないし。お前はどうなんだよ」
僕はメロンパンをかぶりつきながら言った。
「俺か?俺はまあまあだな」
「何だよ。まあまあって」
「そりゃ普通にデートして普通にHしているし」
「ああもういいよ。聞きたくないし」
自分から振っておきながら僕はその手の話を聞く気になれなかった。
それからしばらく昔の友達の話をして峰沢は「それじゃ」と立ち上がって走っていった。
学校が終わり居酒屋でバイトして近所の駅を出たのは晩の十時頃だった。
街灯が同じ間隔で灯る寂しい住宅街を歩いていると向こうから人影が見えた。あのカフェのオジサンだった。僕は黙ってすれ違った。カフェは大きなガラス窓にブラインドが下りて閉まっていた。
土曜日、学校は休みで午前中に洗濯や掃除をして昼食時にカフェに行った。
店に入ると「いらっしゃいませ」と見慣れない中年の女の人がレジに立っていた。
この人はあのオジサンの奥さんなのかとちょっと考えながらレジでカフェオレを頼んで代金を払った。細見の女の人は後ろの機械で白いマグカップにカフェオレを入れて白いトレイに乗せて愛想よく差し出した。僕は黙って受け取って窓際のカウンター席に座った。
店の中は思ったより広くテーブル席の他に大きめのソファの席があった。
二人の中年の女の人が別々のテーブル席に座って携帯電話を見ていた。
軽い洋楽ポップスが流れる中で僕も携帯電話を見ながら時間をつぶした。
それから週末になるとそのカフェに行くようになった。一緒に売っていたチョコレートケーキがコーヒーとよく合っていた。店員の中年の男女は夫婦のようで洗濯物がどうしたとか親戚の葬儀に行かないといけないとか時々話していた。
半年程経って暖かいある日、僕と数人の客が店にいた時、幼い子供を連れた若い男女が店に入って来た。
「ほら、ここがおじいちゃんの店だよ」
僕より少し年上に見える男が一緒にいる女の子に話しかけた。レジにいたオジサンがにっこりほほ笑んだ。
孫を連れた息子夫婦が遊びに来た…それ以外に想像できない光景だった。奥さんも出て来て「よく来たね」と明るい笑顔で三人を迎えた。
僕はコーヒーを飲みながら家族水入らずの風景に和んでいた。それは当たり前の風景なんだろう。だけど僕には何か心に温かい光が差し込んでくる気持ちになった。
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