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学校も終わって下駄箱に向かうと、乙美がちょうど靴を履きかえているところだった。
「いつ、」
乙美と呼ぶ声は、隣にいた男の存在によって宙を舞った。
「ははーん」
あれが、山部淳。理系トップ5の実力を持つ男。ここは、媚を売っておくのが吉。もとい、大吉だ。
「姉ちゃん」
「…蓮児?」
実は、昼に一悶着あった俺たち。いまだ消えていないであろう恨みを込め、こちらに睨みをきかせる姉。怖い。
「彼氏さん?」
乙美の隣に視線を移し、屈託のない笑顔を浮かべる俺。可奈みたいにアホっぽく笑うことはできない。
「あ、乙美の弟くんか!会ってみたかったんだよー。格好良くてバスケもできるって、三年の間でも評判だよ」
「ありがとうござ、」
「山部くん、騙されないで。この子、頭の中がすんごく残念なの」
…言ってくれる。致命的なのは英語だけだよ、この女の端くれが。
「姉ちゃん、ひどいな。俺、理系はそこそこ点数とれるんだよ?ちょっと苦手なものがあるだけで…って、そういえば山部さんこそ有名ですよ!毎回理系トップ5に入っちゃうんですから。嫌じゃなかったらなんですけど…俺に勉強教えてもらえないですか?」
「は!?」
俺の突拍子もない申し出に、猫を被るのも忘れた哀れな姉ちゃん。彼氏の前で、大失態だな。
「いやー、恐縮だな。俺は全然構わないけど、何が苦手なの?」
「それが…英語なんです」
恐縮、って、どういう意味だ?まあいいか。
「山部くん、いいよ、相手にしなくても。受験勉強もあるんだし、この子は塾にでも入れるから」
「ははっ、乙美、母親みたいだな」
「本当に、家でも母親が二人いるみたいで困ってるんですよ。あはははは」
「あはははは」
「あはははは」
乙美の視線が、恨みから強い殺意に変わり俺に刺さってくる。
「じゃあ、本当に困ったら言っておいで。まあ、英語なら乙美が教えてあげてもいいんじゃない?」
「そ、そうだね。蓮児、わたしが教えてあげるよ!」
それが嫌だから、こうして良識ある彼氏様に頼んでいるというのに。
「じゃあ、お先に失礼します」
好青年的な笑みを浮かべる山部さんにだけ挨拶をし、俺は部活へと向かった。
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