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夕飯時、階下から呼ぶ母親の声に生返事を返し部屋を出る。丁度隣の部屋から出てきた乙美と鉢合わせる。
「乙美。さっきの台詞はヤバいよ。あれは、女失格」
「何のこと?」
「“Be fagged out.”」
「ああ、解読できたの?」
涼しい顔をして階段を降りる乙美の後を追う。
「辞書のおかげで、もうバッチリ」
「よかったね」
「よくねえわよ。もっと女らしいこと言えない?」
“Be fagged out.”で、“くたばれ”。
間違っても、可愛い弟に言う台詞じゃあないよ。
「放っとけ」
「そういうのをやめろって言ってんの。フラれても知らねえからな」
「ご心配なく。そういう部分も含めて好き、って言ってくれるもん」
「なんて心が広い男かね」
乙美には、同い年でなんとも頼りになると、柊家でもっぱらの噂の彼氏がいる。
会ったことはないけれど、なんでも定期テストでは理系で毎回トップ5の成績を誇っているとかで。うち、進学校なのにすげえ。
そんなだから、母親は早くも乙美を嫁がせることばかり考えている。
「蓮児はいないんでしょ?彼女」
「みんな彼女だよー」
「またそういうことを…軽口叩いてると、本命にも嫌われちゃうわよ」
乙美はそう言うけれど、本命っていうのはよくわからない。
多分、好きな相手のことをそう呼ぶのだろうけど、誰を好きで誰をそうじゃないかって境界線も、俺は自分で引けない。
「ねえ、誰かを好きになるって、どんな感じ?」
そう訊いたら、薄情な姉ちゃんは冷たい視線を俺に投げつけ、何も言わずにリビングのドアを開けた。
「いい匂いー!」
どうやら今夜は揚げ物らしい。大好物のイカの天ぷらを見て、やっぱり恋愛のことなどどうでもよくなってしまった。
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