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「蓮児ー!先に行くよ!!」
「もーちょい、待って…」
登校前、洗面台の前で丹念に髪をセットする俺を鏡越しに見ながら、乙美が急かす。
「もー…そんな念入りにしなくても蓮児くんは格好いいですよー」
「知ってますよー」
こんなくだらないやり取りで、俺たち姉弟の一日は始まる。
とっくに支度を終えた乙美が、機嫌悪そうに何か呟いている。
「聞こえるように言ってんの?それとも独り言?」
「ご心配なく。独り言よ。蓮児が遅いっていうね」
「彼氏くんには、乙美と結婚するといかに大変かを伝えておくよ」
乙美が思い切り頭を殴ってきたもんだから、俺の数分間の努力は泡となって消えた。
しかもグーで殴ってきた。
「お待ちくださーい」
耳に届いたのは、母親の声。こんなに朝早く来る人物は、と頭を捻るけど該当者はいない。
「乙美ー!山部くんが来てる!」
「「はっ!?」」
母親のその言葉に、姉弟が揃って驚きの声を上げる。彼女である姉が予想できないのに、俺ができるわけない。
すぐにどうでもよくなって、俺は再び鏡に向き直る。また最初からやり直し。
「蓮児ー!ごめん、先行く!」
玄関先でそう叫ぶ乙美に、聞えるはずのない返事をする。
彼氏が迎えに来たら、当然のように弟を置いていく。別に、そんなの当たり前だろうから何とも思わないけど。
「ちぇー。薄情なもんですねー。所詮、弟より彼氏ですか」
でもやっぱり、冷たいお姉ちゃん。
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